ガソリンスタンドM&A完全ガイド|相場・手法・メリットから成功のコツまで徹底解説
ガソリンスタンドの数は年々減少し、EVシフトや競争激化など、業界を取り巻く環境は大きく変化しています。後継者不足や将来への不安から、M&Aによるガソリンスタンドの事業承継や売却を検討している経営者の方も多いのではないでしょうか。
しかし、M&Aは専門的な知識が必要であり、「何から始めればいいのか」「いくらで売れるのか」「失敗しないためにはどうすれば?」といった疑問も尽きません。
この記事では、ガソリンスタンド業界のM&Aの最新動向、具体的な手法、メリット・デメリット、譲渡価格相場、成功のコツまで網羅的に解説します。
ガソリンスタンドの売却・承継を検討している経営者の方は、ぜひ参考にしてください。
ガソリンスタンド業界の現状とM&A動向
国内のガソリンスタンド(サービスステーション)を取り巻く経営環境は、近年大きく変化しています。
ここでは、M&Aを検討する上で押さえておくべき業界の現状と動向について解説します。
ガソリンスタンド数の減少による市場縮小
経済産業省資源エネルギー庁の統計によると、国内のガソリンスタンド数は、1994年度末のおよそ60,000カ所というピーク時から一貫して減少し、2023年度末時点では約27,000カ所と、半分以下にまで落ち込んでいます。
この背景には、単に車の燃費向上や人口減少だけでなく、経営者の高齢化や後継者不足、厳しい価格競争、施設の老朽化に伴う投資負担の増大など、複合的な要因があります。
店舗数の減少は、地域によっては給油インフラの維持という社会的な課題にもつながっており、ガソリンスタンド業界全体の市場規模も縮小傾向にあります。
(情報引用元:石油連盟「情報ライブラリー」)
EVシフトと燃費向上がもたらす業界への影響
世界的な脱炭素化の流れを受け、日本でも電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)へのシフトが進んでいます。
また、従来のガソリン車やハイブリッド車(HV)においても燃費性能は著しく向上しており、燃料としてのガソリン需要は中長期的に減少していくことが避けられない状況です。
これは、ガソリン販売を収益の柱としてきた多くのガソリンスタンドにとって、ビジネスモデルの転換を迫る大きな変化といえるでしょう。
燃料油販売以外の収益源(洗車、車検、カーメンテナンス、レンタカー、物販、最近ではEV充電設備の設置など)の確保や事業の多角化が、今後の持続的な経営において、より重要になっています。
大手企業による業界再編の動き
国内の石油元売り業界では、経営基盤の強化や効率化を目指した大規模な再編が繰り返されてきました。
JXホールディングスと東燃ゼネラル石油の経営統合(現ENEOS)、出光興産と昭和シェル石油の経営統合などがその代表例です。
これらの再編により、大手元売り企業の寡占化が進み、ブランド力や仕入れ交渉力を持つ大手系列の力が相対的に強まっています。
一方で、独立系のガソリンスタンドや中小の特約店・販売店は、仕入れや経営方針において、より厳しい競争環境に置かれる可能性も指摘されています。
このような大手主導の再編の動きも、中小規模のガソリンスタンドがM&Aを検討する要因の一つです。
事業承継・M&Aが加速する背景と課題
多くの中小企業が抱える問題と同様に、ガソリンスタンド業界でも経営者の高齢化と後継者不足は深刻な課題です。
親族や従業員の中に適切な後継者が見つからず、事業継続を断念せざるを得ないケースも少なくありません。
加えて、前述した市場縮小やEVシフト、競争激化といった厳しい経営環境が、単独での事業継続を一層困難にしています。
こうした背景から、近年、廃業という選択ではなく、従業員の雇用や地域へのサービス提供を守りつつ、経営者が創業者利益を確保するための手段として、M&Aや事業承継が積極的に活用されるようになっています。
ガソリンスタンドM&Aで用いられる主な手法
ガソリンスタンドM&Aを進める際には、主に「株式譲渡」と「事業譲渡」という2つの手法が用いられます。
それぞれの特徴を理解し、最適な手法を選択することが重要です。
株式譲渡:会社の経営権を包括的に譲渡する方法
株式譲渡は、売り手である会社のオーナー(株主)が、保有する株式の全部または一部を買い手に譲渡する手法です。これにより、会社の経営権そのものが買い手に移転します。
株式譲渡の特徴:
- 会社全体の承継: 株式の譲渡に伴い、会社の資産、負債、従業員、取引契約、許認可など、すべての権利義務が原則としてそのまま買い手に引き継がれます。
- 手続きの簡便性: 事業に必要な許認可(危険物取扱に関するものなど)や、取引先との契約を個別に移転する手続きが不要で、事業譲渡に比べて手続きが比較的シンプルに進む傾向があります。
- 売り手オーナーのメリット: 会社のオーナーは、株式の売却によって譲渡利益を得られます。
個人の場合、株式譲渡益に対する税率は約20%(所得税・住民税・復興特別所得税)であり、事業譲渡に比べて税負担を抑えられる可能性があります。
事業譲渡:特定の事業のみを選んで譲渡する方法
事業譲渡は、会社全体ではなく、会社が行っている事業の一部または全部を、個別の資産・負債・契約などを選別して買い手に譲渡する手法です。
事業譲渡の特徴:
- 譲渡範囲の選択性: 売り手と買い手の合意に基づき、譲渡する資産(土地、建物、設備、在庫など)や負債、契約の範囲を個別に選択できます。
これにより、買い手は不要な資産やリスク(簿外債務など)を引き継がずに済みます。 - 会社の存続: 事業を譲渡した後も、会社自体は売り手に残ります。売り手は、譲渡した事業以外の事業を継続したり、会社を清算できます。
- 手続きの煩雑さ: 譲渡対象となる資産や負債、契約などを個別に特定し、それぞれについて名義変更や移転手続き(取引先や従業員の同意取り付けなど)を行う必要があります。そのため、株式譲渡に比べて手続きが煩雑になりがちです。
- 税務: 売り手企業には、事業譲渡によって得た利益に対して法人税(約34%)が課されます。
買い手は、譲り受ける課税資産に対して消費税の負担が発生する場合があります。
ガソリンスタンドM&Aのメリット
ガソリンスタンドM&Aは、売り手・買い手の双方にとってさまざまなメリットをもたらす可能性があります。
ここでは、それぞれの立場から見た主なメリットを解説します。
売り手(譲渡側)にとってのメリット
- 後継者問題の解決:
親族や従業員の中に適任の後継者が見つからない場合でも、M&Aによって意欲と能力のある第三者に事業を引き継げます。 - 従業員の雇用維持・確保:
M&Aを行い、買い手企業に雇用を引き継いでもらうことで、従業員の生活を守れます。地域経済への貢献という観点からも重要なメリットです。 - 創業者利益(譲渡対価)の獲得:
事業や会社を売却することで、オーナーは譲渡利益を得られます。
譲渡利益は、引退後の生活資金や、新たな事業を始めるための資金として活用できます。 - 個人保証・担保の解消:
多くの中小企業経営者は、金融機関からの借入に際して個人保証を提供したり、自宅などの個人資産を担保に入れるなどしています。
M&Aが成立し、買い手が債務を引き継ぐ、あるいは弁済することで、これらの個人保証や担保から解放される可能性があります。 - 地域インフラ(顧客利便性)の維持:
地域住民にとって、ガソリンスタンドは生活に欠かせないインフラです。
M&Aによって事業が継続されれば、地域の利便性が維持されます。 - 経営の負担・競争ストレスからの解放:
日々の資金繰り、従業員管理、激化する価格競争など、経営にはさまざまなプレッシャーが伴います。
M&Aにより経営から退くことで、これらの精神的な負担やストレスから解放され、セカンドライフに移行できます。
買い手(譲受側)にとってのメリット
- 事業規模の迅速な拡大・エリア展開:
新たな地域への進出や、既存エリアでのシェア拡大を、短期間で実現できます。
ゼロから店舗を建設し、顧客を開拓する時間と労力を大幅に削減できます。 - 新規参入・事業開始コストの削減:
土地の取得、店舗建設、設備の導入、人材採用・育成など、新規にガソリンスタンドを開業するには多大な初期投資が必要です。
M&Aであれば、これらのコストを抑え、既存の設備やノウハウを活用して比較的早期に事業を開始できます。 - 許認可取得の手間・時間の短縮:
ガソリンスタンドの運営には、消防法に基づく危険物取扱所の設置許可など、さまざまな許認可が必要です。
株式譲渡の場合、これらの許認可は原則としてそのまま引き継がれるため、新たに申請・取得する手間と時間を省けます。 - 既存顧客基盤の獲得:
すでに地域に根差し、固定客を抱えているガソリンスタンドを取得できれば、買収後すぐに安定した収益基盤を確保できます。新規顧客の開拓にかかるマーケティングコストも削減できます。 - 熟練した人材(従業員)の獲得:
経験豊富な店長や整備士など、質の高い人材を確保することは容易ではありません。
M&Aを通じて、運営ノウハウを持った従業員をそのまま引き継ぎできれば、スムーズな事業運営が可能です。
ガソリンスタンドM&Aのデメリット
多くのメリットがある一方で、ガソリンスタンドM&Aには、売り手・買い手の双方にとって注意すべきデメリットやリスクも存在します。
売り手(譲渡側)にとってのデメリット
事業や会社を譲渡する売り手には、以下のようなデメリットがあります。
- 情報漏洩のリスク:
M&Aの交渉過程では、自社の財務状況、顧客情報、運営ノウハウといった機密情報を買い手候補に開示する必要があります。
交渉が不成立に終わった場合や、情報管理が不十分な場合、これらの重要情報が外部(競合他社や取引先など)に漏洩するリスクがあります。
情報漏洩は、事業価値の低下や従業員の動揺を招く可能性があるため、秘密保持契約(NDA)の締結と徹底した情報管理が不可欠です。 - 従業員の雇用不安や士気低下:
M&Aの検討や交渉が進んでいるという情報が不用意に従業員に伝わると、「雇用は維持されるのか」「労働条件が変わるのではないか」といった不安が生じ、モチベーションの低下や優秀な人材の流出につながる可能性があります。
従業員への情報開示のタイミングや伝え方には細心の注意を払い、買い手との間で雇用維持に関する取り決めを明確にしておくことが重要です。 - 表明保証違反による損害賠償リスク:
M&A契約では通常、「表明保証条項」が設けられます。これは、売り手が買い手に対し、開示した財務情報や法務情報などが真実かつ正確であることを表明し、保証するものです。
もし契約締結後に、売り手が開示していなかった重大な事実(未払いの残業代、簿外債務、訴訟リスク、土壌汚染など)が発覚し、表明保証の内容に違反していた場合、買い手から損害賠償を請求される可能性があります。
デューデリジェンス(買収監査)には誠実に対応し、正確な情報開示を心がけましょう。 - 希望条件での売却が難しい可能性:
必ずしも売り手が希望する価格や条件でM&Aが成立するとは限りません。
特に、経営状況が悪化している場合や、魅力的な買い手が見つからない場合、想定よりも低い価格での売却や、不利な条件を受け入れざるを得ない可能性もあります。
買い手(譲受側)にとってのデメリット
事業や会社を譲り受ける買い手側にも、以下のようなデメリットがあります。
- 環境リスクの引継ぎ:
ガソリンスタンド特有の重大なリスクとして、地下タンクからの燃料漏洩などによる土壌汚染が挙げられます。
特に株式譲渡の場合、過去に発生した汚染も含めて会社全体を引き継ぐため、買収後に汚染が発覚すると、浄化義務や多額の対策費用を負担するリスクがあります。専門家による環境デューデリジェンスを徹底し、リスクの有無や程度を正確に把握することが不可欠です。契約において、土壌汚染に関する責任分担を明確に定めておくことも重要です。 - 設備の老朽化と想定外の更新コスト:
譲り受けるガソリンスタンドの地下タンク、配管、計量機、洗車機などの設備が老朽化している場合、買収後すぐに大規模な修繕や更新が必要になる可能性があります。これらの更新費用が想定以上にかさみ、投資計画が狂うリスクがあります。
設備の状況、特に地下タンクは、法律で使用期限が定められているため、事前のデューデリジェンスで詳細に確認しましょう。 - PMI(Post Merger Integration:M&A後の統合プロセス)の難しさ:
M&Aは契約締結がゴールではなく、買収後に、売り手企業の経営方針、組織文化、業務プロセス、人事制度、ITシステムなどを自社とスムーズに統合していくプロセス(PMI)が重要です。
買収前からPMI計画を策定し、買収後は丁寧なコミュニケーションを図りながら、時間をかけて統合を進める必要があります。 - 簿外債務や偶発債務を引き継ぐリスク:
特に株式譲渡の場合、売り手企業の帳簿に記載されていない債務(簿外債務)や、将来発生する可能性のある債務(偶発債務:訴訟による損害賠償など)も引き継いでしまうリスクがあります。
財務・法務デューデリジェンスを徹底し、リスクを洗い出すことが重要です。
ガソリンスタンドM&Aの譲渡価格相場と計算方法
ここでは、価格相場の考え方、価格に影響を与える要因、そして代表的な企業価値評価の計算方法について解説します。
ガソリンスタンドM&A譲渡価格相場
ガソリンスタンドM&Aの譲渡価格相場は、個々の事業の財務状況、店舗数、従業員数、立地条件など多様な要因で大きく変動するため、一概に「いくら」と示すのは困難です。
小規模な案件では百万円未満となるケースもあれば、複数の店舗を運営し収益性の高い事業では数億円規模に達することもあります。
最終的な価格は、企業価値評価に加え、交渉によって決定されます。正確な相場観をつかむには、専門家への相談が不可欠です。
価格相場に影響を与える要因
ガソリンスタンドM&Aにおける譲渡価格を決める上で、特に重要な3つの要素である「立地条件」「利用者の数」「スタッフの充実」について詳しく解説します。
立地条件
幹線道路沿いに位置しているか、近隣に競合店が少ないかといった点は、集客力に直結し、譲渡価格を大きく左右します。
特に、車以外の移動手段が限られている地域に位置する場合、ガソリンスタンドの利用が見込まれるため、高い譲渡価格が期待できます。
また、交通量が多く、視認性の高い場所、周辺に商業施設や観光地がある場所なども、プラス要因です。
土地の形状や広さ、前面道路の幅なども、将来的な活用可能性を考慮する上で重要なポイントといえます。
利用者の数
どれだけ好立地であっても、実際にガソリンスタンドを利用する顧客の数が少なければ、安定した経営は難しく、譲渡価格も低くなる可能性があります。
継続的な経営が見込めるだけの十分な利用者数があることは、M&Aにおける重要な評価ポイントです。
スタッフの充実
M&A後に、新たにスタッフを採用する場合、採用費用や教育コストが発生するだけでなく、業務に慣れるまでの時間もかかります。
一方、M&Aによって即戦力となるスタッフをそのまま引き継ぐことができれば、雇用対策費を削減できるだけでなく、スムーズな事業運営が可能です。
特に、危険物取扱者や整備士など、専門的な資格を持つスタッフの存在は、譲渡価格を高める要因です。
ガソリンスタンドの企業価値評価(譲渡価格)の計算方法
ガソリンスタンド事業をM&Aするにあたって、価格の目安を算出する方法として、代表的な「年倍法」と「類似会社比較法」について解説します。
年倍法
年倍法(年買法)は、評価対象となるガソリンスタンドの時価純資産額に、過去数年分(一般的には3〜5年分)の平均営業利益を加算して企業価値の目安を算出する手法です。比較的シンプルな計算方法であるため、特に中小企業のM&Aで広く用いられます。
具体的な計算式は以下の通りです。
企業価値 = 時価純資産 + 営業利益 × 将来の収益貢献年数(通常3~5年)
例えば、あるガソリンスタンドの時価純資産が2,000万円、直近3年間の平均営業利益が1,000万円だった場合、将来の収益貢献年数を3年とすると、企業価値は「2,000万円 + 1,000万円 × 3年 = 5,000万円」と計算されます。
この手法のメリットは、時価純資産と営業利益という比較的入手しやすいデータのみで、企業価値の概算を簡単に計算できる点です。そのため、M&Aの初期段階で大まかな価格感をつかむのに役立ちます。
一方でデメリットとしては、市場の動向、業界特有の将来性、ブランド力やノウハウといった無形資産、個々のガソリンスタンドが持つ特有の強みやリスクなどを十分に反映できない点が挙げられます。
あくまで簡易的な評価手法であるため、より精密な企業価値を算出するためには、他の評価方法と組み合わせて総合的に判断することが推奨されます。
類似会社比較法
類似会社比較法(マルチプル法)は、評価対象と事業内容が似ている上場企業の財務指標(倍率:マルチプル)を使い、企業価値を算出する手法です。
計算式は「評価対象企業のKPI × 類似企業の倍率」です。
この「倍率」は「類似上場企業の企業価値 ÷ 類似企業のKPI」で求められ、KPIにはEV/EBITDA倍率、PER、PBRなどが用いられます。
例えば、対象企業のEBITDAが3,000万円で、類似企業のEV/EBITDA倍率が4倍なら、企業価値は1億2,000万円(3,000万円×4)と試算できます。
この手法のメリットは、上場している類似企業の市場評価を基準とするため、客観的で市場実勢に近い企業価値を算出しやすい点です。
一方、比較対象となる適切な上場企業が存在しない場合には活用できない点や、評価対象企業独自の強みや地域性といった個別要素を反映しづらい点がデメリットです。
ガソリンスタンドM&Aを成功させるためのコツ
M&Aを成功に導くためには、さまざまなコツを押さえておく必要があります。ここでは、売り手の視点からM&Aを成功に導くための5つのコツを解説します。
入念な準備を行う
ガソリンスタンドM&A・事業承継では、事前の準備が成功の鍵です。
まず、業界の動向、特に再編の動きを把握し、売却に最適なタイミングを見極めることが重要です。これにより、買い手が見つかりやすくなり、労力や費用を抑えた成約が期待できます。
また、月次決算などの財務管理を正確に行い、必要資料を整理しておくことも不可欠です。財務状況が透明であれば、買い手からの信頼を得やすく、交渉から成約までをスムーズに進められます。
自社の強みを明確化する(企業価値向上)
M&A・事業承継を進めるにあたっては、自社の持つ強みや魅力を事前にリストアップし、明確にしておくことが非常に重要です。
立地や従業員の質といった売却価値を高める要素を買い手へ効果的にアピールすることで、より有利な条件や売却益の最大化を目指せます。
また、自社の魅力が明確であれば、さまざまなタイプの買い手に対してアピールできるので、自社に最も適した好条件を提示してくれる相手を見つけやすくなります。
適切なタイミングの見極めと情報収集
M&Aの成否は、実行するタイミングにも左右されます。できるだけ有利な条件で交渉を進めるためには、以下の3つの見極めが重要です。
- 業績が良い時期に売却する:一般的に、会社の業績が良い時期ほど、高く評価されやすくなります。業績が悪化してから慌てて売却しようとすると、買い手が見つかりにくかったり、不利な条件を提示されたりする可能性が高まります。
- 業界動向や市場環境を把握する:有利なタイミングを逃さないために、ガソリンスタンド業界の動向、周辺地域の再開発計画、競合の動き、M&A市場のトレンドなどを常に把握しておきましょう。
- 早めに検討を開始する: M&Aは、相手探しから交渉、契約締結まで、数カ月から1年以上かかることも珍しくありません。引退時期など、希望する時期から逆算して、できるだけ早めに準備・検討を開始することが、余裕を持った交渉と成功につながります。
徹底した情報管理をする
M&Aの情報は極めてデリケートであり、不用意な情報漏洩は深刻な問題を引き起こします。
従業員の不安による離職、取引先の信用不安、上場企業の場合は株価への影響など、さまざまな悪影響が考えられるため、徹底した情報管理が不可欠です。
買い手候補とは必ず秘密保持契約(NDA)を締結し、情報の開示は段階的に行います。
社内での共有範囲も最小限に限定し、従業員へは適切なタイミングで丁寧な説明を行うなど、情報管理を徹底することが重要です。
適切な専門家へ相談する
ガソリンスタンドM&Aを成功させるためには、多岐にわたる検討事項や手続きが必要です。これらを経営者自身がすべて行うには、かなりの労力と専門知識が求められます。
そのため、M&A・事業承継の専門家のサポートを得ることは欠かせません。
特にM&Aの交渉段階では、当事者同士で直接やり取りすると、情報漏洩のリスクが懸念されます。専門家が仲介役となることで、秘密を守りつつ、匿名での交渉を進めることが可能です。
円滑で安全なM&Aを実現するためにも、早い段階で専門家に相談することをおすすめします。
ガソリンスタンドM&A・事業承継 最新事例紹介
近年、ガソリンスタンド業界では、事業規模の拡大や経営基盤の強化、事業承継などを目的としたM&Aが活発に行われています。
ここでは、その中でも特徴的な2つの事例をご紹介します。
【事例1】同業大手による中堅企業の買収(例:宇佐美鉱油 × ヒラオカ石油)
2022年4月、ガソリンスタンド運営や石油製品販売などを広く展開する株式会社宇佐美鉱油(愛知県津島市)が、燃料配達や石油卸売、ガソリンスタンド事業を手掛けるヒラオカ石油株式会社(大阪府岸和田市)の全株式を取得し、子会社化しました。
このM&Aは、同業である大手企業が中堅企業を買収した事例です。
宇佐美鉱油の目的は、ヒラオカ石油が持つ燃料油配送のノウハウや地域ネットワークを取り込むことにより、石油製品の幅広い領域での配送能力を強化すること、さらに危険物施設メンテナンス事業の展開など、事業領域の拡大とサービス体制の強化を目指すものです。
これにより、宇佐美グループ全体としての競争力向上と事業拡大が期待されます。
(情報参考元:日本M&Aセンター M&Aニュース「宇佐美鉱油、ヒラオカ石油の全株式取得、子会社化」)
【事例2】異業種による事業シナジー目的の買収(例:大和自動車交通 × 宮園砿油)
2022年7月、タクシー事業や不動産事業を主力とする大和自動車交通株式会社は、ガソリンスタンド運営やFCカード事業、不動産賃貸事業を手掛ける宮園砿油株式会社との間で株式交換を行い、完全子会社化しました。
宮園砿油は、元々宮園自動車グループの子会社です。
このM&Aは、タクシー事業を主とする異業種の大和自動車交通が、ガソリンスタンド事業を持つ企業を買収することで、事業間のシナジー効果を狙った事例です。
大和自動車交通は、本件M&Aを通じて宮園グループが持つ既存の顧客基盤を引き継ぎ、ガソリンスタンド事業における燃料取扱量の増加を図ることを目的の一つとしています。
さらに、大和自動車交通グループが持つ不動産事業のノウハウを宮園自動車グループへ提供することで、両グループ間の連携を深め、全体としての事業価値向上を目指しています。
このように、異なる事業領域を持つ企業がM&Aにより連携し、互いの強みを活かしてシナジーを創出する戦略的な事例と言えます。
(情報参考元:日本M&Aセンター M&Aニュース「大和自動車交通、ガソリンスタンドを運営する宮園砿油を株式交換により完全子会社化へ」)
ガソリンスタンド跡地の売却はなぜ難しい?
ガソリンスタンドの運営を終了し、その土地(跡地)を売却しようとする際には、他の一般的な土地売却にはない特有の難しさが伴います。
主な理由として、
- 土壌汚染対策法による調査・浄化の義務
- 地下タンク撤去費用や地盤沈下リスクの問題
- 用途制限や風評被害による買い手探しの難しさ
の3点が挙げられます。
土壌汚染対策法による調査・浄化の義務
ガソリンスタンドでは、ガソリン、軽油、灯油、潤滑油といった有害物質を取り扱ってきた経緯から、土壌汚染対策法(土対法)の規制対象となる可能性が高い土地です。
法律では、特定の有害物質使用施設を廃止する際や、一定規模以上の土地の形質変更を行う際に、土地所有者に対して土壌汚染状況調査を義務付けています。
もし調査の結果、法律で定められた基準値を超える土壌汚染が発見された場合、原則として土地所有者の責任と負担において、汚染の除去(浄化)措置を講じなければならないルールです。
この調査や浄化には多額の費用と時間を要することが多く、売却価格からこれらのコストを差し引くと手残りがほとんどなくなってしまったり、買い手が見つからなかったりするケースも少なくありません。
この土壌汚染リスクと対策費用が、跡地売却における最大のハードルの一つとなっています。
地下タンク撤去費用や地盤沈下リスクの問題
ガソリンスタンドの地下には、燃料を貯蔵するための巨大なタンクが埋設されているため、事業を廃止し土地を売却する際には、消防法などの関連法規に基づき、原則としてこの地下タンクの撤去が必要です。
タンクの掘り出し、撤去、そして廃棄処分には専門的な技術と重機が必要となり、高額な費用が発生します。
さらに、タンクを撤去した後の埋め戻しが不適切であったり、長年のタンク設置によって周辺の地盤が不安定になっていたりすると、将来的に地盤沈下を引き起こすリスクもあります。
これらの問題により、買い手が購入を躊躇するケースも少なくありません。
用途制限や風評被害による買い手探しの難しさ
仮に土壌汚染が発見された場合、汚染の程度や種類によっては、人の健康に影響を与える可能性があるとして、その土地の利用が制限される可能性があります。
また、「元ガソリンスタンドの土地」というだけで、土壌汚染や油の臭いといったネガティブなイメージを持たれやすく、いわゆる「風評被害」によって買い手がつきにくい、あるいは売却価格が低くなる傾向があります。
特に、一般消費者向けの住宅や商業施設などを検討している買い手からは敬遠されがちです。
これらの要因が複合的に作用し、ガソリンスタンド跡地の買い手を見つけることは、他の土地に比べて困難になることが多いです。
ガソリンスタンドM&Aで実現する、持続可能な経営と事業拡大
ガソリンスタンド事業のM&Aは、後継者不足の課題を解消し、従業員の雇用を守れるだけでなく、地域住民の暮らしに欠かせないサービスを存続させるという点でも、大きな意義を持つ有効な選択肢です。
さらに、利用者数や立地条件などの要因次第では、高い価格での売却が実現できる可能性もあります。
現在の経営状況に不安を感じたり、将来の後継者について悩みを抱えている場合は、ぜひ一度、ガソリンスタンド事業の売却を検討してみてはいかがでしょうか。