赤字会社のM&Aは可能?売却できる理由や手法を徹底解説
赤字会社の経営者が直面する選択肢は、事業再生やリストラ、資本提携など多岐にわたります。
こうした多様な対応策の中で、抜本的な解決を目指す場合には、最終的に「M&Aによる事業継続」か「廃業」という大きな決断に迫られることが少なくありません。
このときM&Aは、廃業を回避するためだけの代替策ではなく、従業員の雇用維持や節税効果などを実現できる戦略的な選択肢として注目されています。最終的な廃業判断の前に、早期にM&A可能性を検証することが重要です。
この記事では、赤字会社が売却できるのか、どのようなメリットやデメリットがあるのかを、売り手・買い手双方の視点から詳しく解説します。さらに、売却価格の相場や具体的な手法、実際の事例も紹介します。
赤字会社でもM&Aで売却は可能なのか?
結論から言えば、赤字会社でもM&Aによる売却は可能です。近年のM&A市場では、赤字会社の案件も増加傾向にあります。
中小企業庁の調査によると、M&Aの支援機関に相談に来る売り手企業のうち、「赤字傾向」の企業は約2割〜6割にも達するのが現状です。
また、国税庁が2023年に公表した「国税庁統計法人税表」によると、2021年度の赤字法人(欠損法人)は187万7,957社、普通法人(287万3,908社)の赤字法人率は65.3%と日本の企業の多くが赤字であることがわかります。
ただし、赤字会社のM&Aは黒字企業と比較すると成立する割合は低いです。その主な理由としては、以下が挙げられます。
- オーナーが赤字状態の自社に価値がないと思い込んでいる
- 買い手企業が赤字会社を敬遠する傾向がある
- M&A仲介会社の報酬や対応にハードルがある
しかし、赤字であっても他社にない強みや将来性がある場合は、買い手が見つかる可能性は十分にあります。
廃業とM&A、どちらを選ぶべきか?
赤字が続く企業の経営者は、廃業するかM&Aで売却するか、選択を迫られることがあります。この選択にあたっては、以下のポイントを考慮することが重要です。
M&Aを選ぶべき場合:
- 従業員の雇用を維持したい場合
- 顧客への価値提供を継続したい場合
- 会社に技術やノウハウなど無形の資産価値がある場合
- 経営者が個人保証を負っており、その負担から解放されたい場合
廃業を選ぶべき場合:
- 債務超過が深刻で、改善の見込みがない場合
- 事業に将来性がなく、買い手が見つかる可能性が極めて低い場合
- 時間的余裕がなく、M&Aのプロセスを進める余力がない場合
廃業は事業の終了を意味し、従業員の雇用や取引先との関係が失われるリスクがあります。一方、M&Aは事業の継続や雇用の維持が可能な場合が多く、買い手企業による資金注入やノウハウ提供で再生の道が開ける可能性もあります。
赤字の原因が一時的なものであれば、M&Aを選び将来の成長を期待しましょう。
赤字会社が売却できる条件とは?
赤字の状況は、一般的にM&Aにおいて不利な要因と捉えられがちです。しかし、すべての赤字会社が売却不可能なわけではありません。
買い手が赤字といった財務状況を超えて魅力を見出す特定の条件が存在します。ここでは、赤字会社であっても買い手がつき、売却に至る可能性のある主な条件について解説します。
赤字の原因が明確で改善可能
赤字の原因が一時的なもので、明確に特定でき、かつ改善の見込みがある場合、買い手は将来的な収益改善に期待が持てます。例えば、以下のようなケースが挙げられます。
- 一時的な市場の低迷:特定の業界全体が一時的に不況に陥っている場合
- 特定のプロジェクトの失敗:新規事業や大型投資が一時的に赤字を生んでいる場合
- 経営戦略の転換期:新しいビジネスモデルへの移行期で、一時的にコストが増加している場合
自社の強みが明確である
たとえ赤字であっても、他社にはない独自の強みを持っている場合、M&Aは有利に進みます。強みとなりうる要素の例は以下の通りです。
- 独自の技術:特許や独自のノウハウなど、他社が容易に模倣できない技術力
- 強力なブランド力:長年の実績や顧客からの信頼によって築かれたブランドイメージ
- 優秀な人材:特定の分野で高いスキルを持つ従業員や、経験豊富な経営陣
- 優良な顧客基盤:安定的な収益をもたらす、多数の顧客との継続的な取引関係
将来の収益性が期待できる
現在の業績は赤字でも、将来的に収益が改善する見込みがある場合も、M&Aは成功する可能性があります。将来性を評価するポイントとしては、以下のような点が挙げられます。
- 成長市場への参入:今後成長が見込まれる市場に参入しており、先行者利益が期待できる
- 革新的な技術の開発:将来的に市場を席巻する可能性のある、革新的な技術を開発している
- 規制緩和による事業機会の拡大:法規制の緩和によって、事業機会が拡大する見込みがある
資産価値がある
会社の事業が赤字であっても、保有する資産に価値がある場合、M&Aによって売却できる可能性があります。資産価値として評価されるものの例は以下の通りです。
- 不動産:立地の良い土地や建物は、事業価値とは別に資産価値として評価されます
- 有価証券:上場株式や投資信託などは、市場価格で評価されます
- 知的財産権:特許権や商標権などは、将来的な収益を生み出す可能性のある資産として評価されます
- その他:機械設備、在庫、現金預金なども、資産として評価されます
なお、M&A仲介会社などの専門家を活用することで、より有利な条件で売却することも可能です。自社の状況を客観的に分析し、最適な戦略を立てることが、赤字会社のM&A成功への鍵となります。
赤字会社の売却手法
赤字会社のM&Aを実現するためにどの手法を選択するかは、売り手・買い手双方の状況や目的、税務上の影響などを考慮して決定しましょう。
代表的な手法として「株式譲渡」「事業譲渡」「会社分割・合併」が挙げられます。ここでは、それぞれの特徴と赤字会社がM&Aを行う上での影響について解説します。
株式譲渡
株式譲渡は、売り手企業の株主が保有する株式を買い手企業に譲渡し、会社の経営権を移転させる方法です。手続きが比較的簡便であるため、特に中小企業のM&Aで広く用いられています。
会社全体を包括的に引き継ぐため、従業員の雇用契約や取引先との契約なども原則としてそのまま継続されます。
買い手にとっては、売り手企業が持つ繰越欠損金を引き継ぎ、将来の利益と相殺することで節税効果を得られる可能性がある方法です。
しかし、会社を丸ごと引き継ぐため、帳簿に記載されていない簿外債務や偶発債務なども引き継いでしまうリスクがあります。
また、繰越欠損金の利用には注意が必要です。株主構成が大きく変わった(例:発行済株式の50%超の異動)場合でも、それだけで直ちに繰越欠損金の利用が制限されるわけではありません。
しかし、その株主変更から5年以内に、従前の事業をすべて廃止し、かつ旧事業の事業規模と比較して著しく大きな資金調達を行うなど、特定の厳しい条件に該当した場合には、繰越欠損金の利用が制限されることがあります。
事業譲渡
事業譲渡は、会社全体ではなく、特定の事業部門や資産を選んで譲渡する方法です。買い手は、必要な事業や資産、負債だけを選択して引き継ぐことができるため、不要な資産や簿外債務などを引き継ぐリスクを回避できます。
売り手にとっても、採算の良い事業だけを切り離して売却し、不採算部門は手元に残すといった選択が可能です。赤字会社の場合、この手法が適しているケースもあります。
ただし、事業譲渡では、売り手企業の繰越欠損金を引き継ぐことはできません。また、資産や負債、契約などを個別に移転させる必要があるため、株式譲渡に比べて手続きが煩雑になる傾向があります。
会社分割・合併
会社分割とは、会社を複数の会社に分割する組織再編行為です。会社分割には、新設分割と吸収分割の2種類があります。
新設分割は、新たに設立する会社に事業を承継させる方法であり、吸収分割は、既存の会社に事業を承継させる方法です。
合併とは、複数の会社を1つの会社に統合する組織再編行為です。合併には、新設合併と吸収合併の2種類があります。
新設合併は、新たに設立する会社にすべての会社を統合する方法であり、吸収合併は、既存の会社が他の会社を吸収する方法です。
会社分割や合併は、事業再編やグループ再編に用いられることが多く、M&Aの手法としても活用されます。
これらの手法は、組織再編に関する専門的な知識が必要となるため、専門家への相談をおすすめします。
赤字会社の売却手法 | ||||
売却手法 | 概要 | メリット | デメリット | こんなケースにおすすめ |
株式譲渡 | 株式を譲渡して経営権を移転 | 手続きが比較的簡易 | 簿外債務なども引き継ぐ | 事業全体を売却したい場合 |
事業譲渡 | 事業の一部または全部を譲渡 | 必要な事業のみを選択可能 | 個別の契約引継ぎが必要 | 特定の事業のみを売却したい場合 |
会社分割・合併 | 会社を分割または合併 | 組織再編に活用可能 | 専門的な知識が必要 | グループ企業再編など組織再編を伴う場合 |
赤字会社の売却価格相場
赤字会社の売却価格について、「相場はいくら」と一概に示すことは困難です。
なぜなら、企業の価値は財務状況だけでなく、保有する技術、人材、ブランド力、将来性など、さまざまな要因によって総合的に評価されるためです。
一般的には、営業利益がマイナスである赤字会社は、同規模の黒字企業と比較して売却価格が低くなる傾向があります。
しかし、現在は赤字でも将来的に高い成長が見込まれる場合や、他社にはない独自の強み(コアコンピタンス)を持っている場合は、相場よりも高い価格で評価されるといった例外もあります。
最終的な売却価格は、買い手がその企業にどれだけの価値を見出すか、交渉によって決定するのが一般的です。
赤字会社の価値評価方法
赤字会社のM&Aでは、その価値をどのように評価するかが非常に重要です。一般的な企業の価値評価とは異なり、赤字会社ならではの視点が必要となるため、専門的な知識が求められます。ここでは、代表的な3つのアプローチについて解説します。
コストアプローチ
コストアプローチは、企業の純資産価値を基準とした評価手法で「時価純資産法」とも呼ばれる方法です。
このアプローチは、特に赤字会社の評価において重要な役割を果たします。具体的には、貸借対照表における資産総額から負債総額を差し引いた純資産額をベースに企業価値を算定します。
ただし、簿価ではなく時価で評価することが重要です。例えば、不動産や設備などの固定資産は、取得時の価格ではなく現在の市場価値で評価します。計算式としては、以下の通りです。
企業価値=資産の時価総額−負債の時価総額
また、このアプローチには、以下のような特徴があります。
メリット:客観的なデータに基づいているため、比較的信頼性が高い評価が可能です。特に、有形資産が多い製造業などの企業評価に適しています。
デメリット:将来の成長可能性や収益力を十分に反映できないため、成長企業や無形資産の価値が高い企業の評価には不向きです。また、簿外債務や偶発債務を見落とすリスクがあります。
赤字会社の場合、特に債務超過に陥っている場合は、このアプローチが基本となることが多いです。ただし、純資産がマイナスの場合でも、事業継続価値や知的財産権などの無形資産価値を加味することで、プラスの評価となることもあります。
インカムアプローチ
インカムアプローチは、企業が将来生み出すと予測される収益やキャッシュフローに基づいて企業価値を評価する方法です。
「DCF(Discounted Cash Flow)法」が代表的で、将来のフリーキャッシュフローを現在価値に割り引いて合計し、企業価値を算出します。
メリットは、企業の将来性や収益力を評価に直接反映できる点です。しかし、将来の事業計画に基づいて計算するため、計画の客観性や実現可能性によって評価額が大きく変動する可能性があります。
赤字会社の場合、将来の収益予測がマイナスになることもあり、その場合はこのアプローチを適用することが難しいケースもあります。
マーケットアプローチ
マーケットアプローチとは、市場で取引されている類似企業の株価やM&A事例を参考に、企業価値を評価する方法です。類似企業比較法や類似取引比較法などがあります。
- 類似企業比較法(マルチプル法):上場している類似企業の財務指標(売上高、EBITDAなど)に対する企業価値の倍率(マルチプル)を算出し、評価対象企業に適用して企業価値を算定します。
- 類似取引比較法:過去の類似M&A事例における取引価格を参考に、企業価値を算定します。
マーケットアプローチは、市場の動向を反映できるメリットがあります。しかし、類似企業や類似取引の選定が難しい場合や、市場が歪んでいる場合には、適切な評価ができない可能性があることに注意が必要です。
赤字会社の価値評価においては、これらのアプローチを単独で使用するのではなく、企業の状況や特性に合わせて、複数のアプローチを組み合わせることが重要です。専門家と相談しながら、適切な評価方法を選択しましょう。
マーケットアプローチ | |||
評価方法 | 概要 | メリット | デメリット |
類似企業比較法 | 類似上場企業の株価を参考に評価 | 市場の評価を反映 | 類似企業の選定が難しい |
類似取引比較法 | 類似M&A事例の取引価格を参考に評価 | 実際の取引事例に基づく | 適切な事例が少ない場合がある |
赤字会社のM&A|買い手側のメリット
赤字会社を買収することには、一見するとリスクが大きいように思えますが、実は多くのメリットが存在します。ここでは、買い手側にとっての主なメリットを詳しく解説します。
節税効果
赤字会社が持つ繰越欠損金を活用することで、買い手企業は税負担を軽減できます。具体的には、税務上のルールに基づき、欠損金を将来の利益と相殺することで、支払う法人税を抑えることが可能です。
特に、利益を多く計上している企業にとっては、大きな節税効果が期待できるため、赤字会社を買収する動機となり得ます。買い手企業は、税務専門家と連携し、適用可能な条件を確認することが重要です。
このメリットを最大限に活かすことで、買収後の財務戦略をより強固にできます。
シナジー効果
M&Aにおけるシナジー効果とは、2つ以上の会社が合わさることで、個々の企業では達成できなかった相乗効果が生まれることを指します。赤字会社の買収においても、既存事業とのシナジー効果を期待できます。
シナジー効果の例は、以下の通りです。
- コスト削減:重複する部門の統合、共同購買による仕入れコスト削減など
- 売上増加:相互の顧客へのクロスセル、新たな販路の開拓など
- 技術力向上:相互の技術の融合、研究開発の効率化など
例えば、買い手側の技術やノウハウ、販売チャネルなどを活用することで、赤字会社の収益改善を図ることが可能です。また、両社の経営資源を統合することで、コスト削減や業務効率化を実現し、企業価値の向上につながります。
初期投資コストの削減
赤字会社は、黒字企業に比べて売却価格が低く設定される傾向があるため、初期投資コストを抑えられる点が魅力です。少ない資金で事業や資産を獲得できるため、買い手企業にとってはリスクを最小限に抑えながら拡大を図る機会となります。
特に、新規市場への参入や事業多角化を目指す企業にとって、コスト効率の良い選択肢です。買い手企業は、価格の安さだけでなく、買収後の再生計画をしっかりと立てることが成功の鍵を握ります。
事業基盤の獲得
赤字会社が持つ事業基盤を獲得することで、買い手企業は新たな市場や技術、顧客層にアクセスできます。例えば、特定の地域での販路や生産設備、専門的なノウハウを持つ企業を買収すれば、自社の事業を補完し、競争力を高めることが可能です。
赤字状態であっても、こうした基盤が価値を持つ場合、買い手企業にとって魅力的な投資対象となります。買い手企業は、赤字会社の持つリソースを自社の戦略にどう活かすかを具体的に検討することが重要です。
赤字会社のM&A|買い手側のデメリット
赤字会社のM&Aにはメリットがある一方で、買い手企業にとってリスクや課題も存在します。財務状況の悪化や隠れた問題が発覚する可能性があり、慎重な判断が求められます。
以下では、買い手企業が直面する可能性のある4つのデメリットを詳しく解説します。
財務状況の悪化リスク
赤字会社の負債や資金繰りの問題が、買い手企業の財務状況に悪影響を及ぼすリスクがあります。買収後に予想以上の赤字が続く場合や、負債の返済負担が重くなる場合、買い手企業全体の財務体質が悪化する可能性も否定できません。
買い手企業は、買収前に赤字会社の財務状況を詳細に調査し、再生計画を現実的なものにする必要があります。デューデリジェンスを徹底することで、こうしたリスクを最小限に抑えることが可能です。
隠れた負債の発覚リスク
赤字会社には、簿外債務や未発見の負債が存在する可能性があり、買収後にその負債が発覚するリスクがあります。例えば、未払いの取引先への債務や訴訟リスクが表面化すると、買い手企業が追加のコストを負担するといったことになりかねません。
買い手企業は、事前に専門家を交えた詳細な調査を行い、潜在的な問題を見逃さないよう注意が必要です。隠れた負債を事前に把握し、交渉時の価格調整やリスク回避策を講じましょう。
従業員のモチベーション低下
赤字会社のM&Aは、従業員のモチベーション低下を招く可能性があります。経営陣の交代や企業文化の違いから、従業員が不安を感じ、離職率が上昇するケースも少なくありません。
優秀な人材が流出すれば、事業再生の計画にも影響を及ぼします。買い手企業は、買収後のコミュニケーションを丁寧に行い、従業員の不安を軽減する取り組みが求められます。
統合プロセスをスムーズに進めることで、モチベーションの維持を図ることが重要です。
譲渡対象の評価の複雑さ
赤字会社の価値評価は、黒字企業に比べて複雑で、適正価格の算出が難しい場合があります。将来の収益性や資産価値の予測が困難であり、買い手企業と売り手企業の間で評価額に大きな差が生じるためです。
買い手企業は、専門家の支援を受け、複数の評価方法を組み合わせることで、客観的な価格を導き出す努力が必要です。評価の透明性を高めることで、交渉を円滑に進め、双方が納得できる結果を得られます。
赤字会社のM&A|売り手側のメリット
売り手(譲渡企業)の経営者や株主にとっても、M&Aがもたらすメリットは少なくありません。
ここでは、赤字会社がM&Aによって売却を選択する主なメリットについて解説します。
売却益の獲得
M&Aが成立すれば、売り手企業のオーナー(株主)は、保有株式の対価として売却益(譲渡所得)が得られます。赤字であっても、企業に将来性や独自の強みがあれば、買い手から一定の評価を受け、ゼロ以上の価格で売却できる可能性があります。
廃業を選択した場合、資産を処分しても負債が残るケースも少なくありません。M&Aであれば現金を得られる可能性があります。これは、経営者の引退後の生活資金や、新たな事業を始めるための資金にもなります。
個人保証からの解放
中小企業の経営者の多くは、金融機関からの借入に際して個人保証を提供しています。会社が倒産した場合、経営者個人が会社の負債を返済することが義務です。
M&Aによって会社を売却できれば、買い手企業が債務を引き継ぐ、あるいは買い手の信用力によって借入条件が見直されるなどの結果、経営者はこの重い個人保証の負担から解放される可能性があります。これは、経営者にとって精神的にも経済的にも大きなメリットです。
従業員の雇用維持
廃業を選択した場合、従業員は職を失うことになります。しかし、M&Aによって事業が引き継がれれば、従業員の雇用は原則として維持されます。
これは、買い手企業の下で事業が継続されることで、従業員は生活の基盤を失わずに済むためです。また、買い手企業のリソースを活用することで、従業員にとってより良い労働環境やキャリアアップの機会が提供される可能性もあります。
従業員の生活を守れることは、経営者にとって大きな安心材料です。
赤字状態の解消
当然のことながら、M&Aによって会社を売却すれば、売り手企業の経営者は赤字経営のプレッシャーから解放されます。資金繰りの悩みや業績改善への重圧から解放され、精神的な負担が軽減できます。
また、買い手企業の傘下に入ることで、より安定した経営基盤の下で事業が継続されることになり、結果的に赤字状態からの脱却が期待できます。これは、経営者だけでなく、残る従業員や取引先にとってもメリットです。
赤字会社のM&A|売り手側のデメリット
赤字会社のM&Aは売り手にとってもメリットばかりではありません。売却プロセスを進める上で、あるいは売却後に、売り手が直面する可能性のあるデメリットや注意点も存在します。
これらを事前に理解しておくことが、M&Aを成功させるためには重要です。
企業価値評価の低下
赤字の事実は、企業価値評価においてマイナス要因となり、一般的に黒字企業と比較して低い売却価格になる可能性が高いです。買い手は、赤字の原因や将来のリスクを考慮して価格を提示するため、売り手が期待する価格とかけ離れてしまうこともあります。
特に、債務超過(負債が資産を上回る状態)に陥っている場合は、実質的に価値がゼロ、あるいはマイナスと評価される可能性もあります。売却価格に過度な期待を持つことは難しいでしょう。
税負担の発生
株式譲渡によって会社を売却し、売却益(譲渡所得)が発生した場合、その利益に対して所得税や住民税などが課税されます。売却価格から取得費(株式の購入費用など)や譲渡費用(M&A仲介手数料など)を差し引いた額が課税対象です。
たとえ会社が赤字であっても、売却によって利益が出れば税金を納める必要があります。売却価格だけでなく、手元に残る金額を正確に把握するためには、税金の計算も考慮に入れる必要があります。
時間的制約
M&Aには、準備から交渉、契約締結、クロージングまで、一定の時間がかかることに注意が必要です。特に、赤字会社のM&Aの場合、買い手側は慎重にデューデリジェンス(企業調査)を行うため、通常よりも時間がかかる傾向があります。
経営者は、M&Aに時間と労力を割かれることで、本業に集中できなくなる可能性もあります。M&Aのスケジュールをしっかりと立て、効率的に進めることが重要です。
取引先・顧客との関係悪化
M&Aの実施が公になると、取引先や顧客に不安を与え、関係が悪化する可能性があります。「経営体制が変わることで、今まで通りの取引ができなくなるのではないか」「サービスの質が低下するのではないか」といった懸念を抱かれるためです。
M&Aの発表時期や方法、その後の経営方針について、慎重に検討する必要があります。事前に主要な取引先や顧客に対して、M&Aの目的やメリットを丁寧に説明し、理解を得ることが重要です。
赤字会社のM&A売却を成功させるポイント
赤字会社のM&Aを成功させるためには、単に買い手を探すだけでなく、事前準備や情報開示、信頼構築など、複数の観点から戦略的に取り組むことが不可欠です。
ここでは、売却を有利に進めるための具体的なポイントを解説します。
赤字の原因分析と改善策の提示
まず、最も重要なのは、赤字の原因を徹底的に分析し、明確な改善策を提示することです。買い手は、なぜ赤字になっているのか、そして今後どのように改善されるのかを知りたがっています。
具体的なデータや根拠に基づいた分析と、実現可能な改善策を示すことで、買い手の不安を解消し、信頼を得ることができます。例えば、以下のような情報を提供することが有効です。
- 過去数年間の売上高、費用、利益の推移
- 赤字の主要な原因(例:売上不振、コスト高、市場の変化など)
- 具体的な改善策(例:コスト削減策、新規顧客開拓策、新商品・サービスの開発など)
- 改善策を実行した場合の将来予測
こうした情報を整理し、資料としてまとめておくことで、買い手の信頼を得やすくなります。
自社の強みの明確化
赤字であっても、自社の強みを明確にアピールすることが重要です。独自の技術、特定の市場における高いシェア、優秀な人材など、他社にはない強みは、買い手にとって大きな魅力となります。
強みを明確にすることで、赤字のマイナス要素を打ち消し、企業価値を高めることができます。例えば、以下のような強みをアピールしてみましょう。
- 特許や独自の技術
- 特定の顧客層からの高い支持
- 熟練した技術を持つ従業員
- 独自の販売チャネル
- ブランド力
売却時には、これらの強みが買い手企業にとってどのようなメリットをもたらすのかを具体的に説明できるようにしましょう。
私的整理・債権カットの実施
過剰な負債や簿外債務がある場合、事前に私的整理や債権カットを進めておくことが、買い手の安心感につながります。債権者との交渉や財務リストラを通じて、財務内容を明確かつ健全な状態に近づけることで、M&A成立の可能性が高まります。
特に、買い手企業が負債を引き継ぐことを懸念する場合には、債務整理の進捗状況をしっかりと説明することが重要です。
信頼できるM&A仲介会社の活用
M&Aを成功させるためには、信頼できるM&A仲介会社を活用することが不可欠です。M&A仲介会社は、M&Aに関する専門的な知識や経験を持っており、適切な買い手探し、交渉、契約締結などをサポートしてくれます。
特に、赤字会社のM&Aは、複雑な手続きや交渉が必要となるため、専門家のサポートが欠かせません。M&A仲介会社を選ぶ際には、以下の点に注意しましょう。
- 実績と経験:過去のM&A成約実績や、自社の業界における経験を確認しましょう。
- 専門性:M&Aに関する専門的な知識やノウハウを持っているかを確認しましょう。
- ネットワーク:幅広い買い手候補とのネットワークを持っているかを確認しましょう。
- コミュニケーション能力:親身になって相談に乗ってくれるか、丁寧な説明をしてくれるかなど、コミュニケーション能力も重要なポイントです。
- 料金体系:料金体系が明確で、納得できるものであるかを確認しましょう。
M&A仲介会社を活用することで、M&Aのプロセスをスムーズに進め、より有利な条件で売却できる可能性を高められます。
赤字会社のM&Aは、専門的な知識と経験が不可欠であるため、信頼できるM&A仲介会社を選び、二人三脚でM&Aを進めていくことが成功への鍵となります。
赤字会社のM&A事例
赤字会社のM&Aは決して珍しいものではなく、実際に多くの企業が事業再生や成長のきっかけとして活用しています。
ここでは、代表的な3つの事例を取り上げ、どのような背景や工夫があったのかを解説します。
日本電産の事例
日本電産(現・ニデック)は、数多くの赤字会社を買収し、グループ全体の成長につなげてきた実績があります。例えば、経営難に陥っていた三協精機製作所を買収した際、日本電産は徹底した現場重視と経営改善策を実行しました。
買収後は人材や技術を活かしつつ、徹底したコスト管理や生産性向上を図り、短期間で黒字転換を実現しています。このような事例からは、買い手企業が明確な再建ビジョンを持ち、現場の強みを引き出すことの重要性がわかります。
参考:ニデック株式会社『M&Aの歴史』
鴻海によるシャープの買収事例
台湾の大手電子機器メーカー鴻海(ホンハイ)は、2016年に経営危機にあったシャープに対し、戦略的提携及び第三者割当による新株式発行の形で支援を行うことを発表しました。
当初の発表(2016年2月25日)では鴻海グループによる出資規模は総額約4,890億円とされていましたが、その後の交渉を経て、同年3月30日に最終的に約3,888億円で鴻海グループがシャープの株式の過半数を取得し、買収が成立しました。
当時シャープは赤字が続き債務超過状態でしたが、鴻海はシャープの技術力やブランド価値、液晶事業の将来性に着目したとされています。シャープの事例は、赤字や債務超過でも技術やブランドなど無形資産が評価され、M&Aが成立する好例です。
参考:シャープ株式会社『第三者割当による新株式の発行並びに親会社、主要株主である筆頭株主及び主要株主の異動に関するお知らせ』
スマートキャンプ|マネーフォワードへの売却事例
SaaS(クラウドサービス)企業のスマートキャンプは、赤字状態ながらも成長性や業界内でのポジションが高く評価され、2019年にマネーフォワードへ約20億円で売却されました。
買い手企業は、スマートキャンプのサービスや人材、スタートアップとしてのノウハウに大きなシナジーを見出しました。この事例は、将来性や事業の独自性があれば、赤字でも高い評価を受けてM&Aが成立することを示しています。
参考:マネーフォワード『国内No.1のSaaSマーケティングプラットフォームを提供するスマートキャンプ株式会社をグループ会社化』
赤字会社でも諦めない!M&Aは有効な選択肢の一つ
「赤字が続き、もう打つ手がない……」と、会社の将来に悲観的になっている経営者の方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、事業の継続が困難に思えても、すぐに諦める必要はありません。M&Aは、そのような状況を打開し、新たな未来を拓く有力な選択肢となり得ます。
M&Aは決して優良企業だけのものではなく、赤字会社であっても成功すれば経営状況の改善や成長の糸口を掴むことが可能です。
売却による資金獲得、経営者の個人保証からの解放、従業員の雇用確保、そして赤字状態からの脱却といった、廃業では得られない多くのメリットが期待できます。
もし少しでも関心をお持ちでしたら、一度M&Aの専門家に相談し、自社の可能性を探ってみましょう。