M&A基礎知識

事業譲渡と会社分割の違いは?目的別に最適な選択肢を徹底比較

事業譲渡や会社分割を活用して、不採算事業の整理や主力事業への集中、後継者問題の解消など、経営環境の変化に対応しようとする中小企業が増えています。

どちらも事業単位で切り出せるという共通点はありますが、手続きの複雑さや税務負担、従業員の雇用契約、許認可の承継など、実務上の違いは大きく、判断を誤ると思わぬ負担やトラブルにつながりかねません。

本記事では、事業譲渡と会社分割の違いを、仕組みから法務、税務、労務面まで徹底比較し、ケース別の最適な選択肢をわかりやすく解説します。

自社の課題に最適な手法を選択するための判断材料として、ぜひ参考にしてください。

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事業譲渡とは

本章では、事業譲渡について、その基本的な概要と手続きの流れを解説します。

基本概要

事業譲渡とは、会社が営む事業の一部または全部を、第三者へ売却するM&Aの手法です。法的には個別に資産や負債、契約などを承継する取引行為と位置づけられています。

そのため、譲渡する資産や負債の範囲を、売り手と買い手の交渉によって自由に選別できる、選択的な承継が特徴です。

項目 内容
法的性質 個別の資産・負債・契約を対象とする売買契約(取引行為)
承継範囲 売り手と買い手の合意に基づき、個別に選択して承継(選択的承継)
承継対象
  • 有形資産(不動産、設備など)
  • 無形資産(知的財産権、ノウハウ、ブランド価値など)
  • 債権・債務
  • 契約関係(取引先、従業員)

手続きの全体フロー

事業譲渡は、個別の契約や資産を移転させるため、手続きが煩雑になる傾向があります

一般的な手続きの流れは、以下のとおりです。

ステップ 主な内容 留意点
1. 譲渡先の選定・交渉 M&A仲介会社などを通じて最適な相手先を探し、条件交渉を行う 秘密保持契約(NDA)の締結が重要
2. 基本合意 大筋で合意した条件を書面で確認する 法的拘束力を持たせないことが一般的
3. デューデリジェンス 買い手が売り手企業の財務・法務などを調査し、リスクを洗い出す 売り手は資料提出など誠実な協力が必要
4. 取締役会決議 事業譲渡の実行を決定する 重要な財産の処分に該当する場合に必要
5. 事業譲渡契約の締結 最終的な譲渡条件を定めた正式な契約を結ぶ 譲渡対象の資産・負債を明確に特定する
6. 株主総会特別決議 事業の全部譲渡など、重要な事業譲渡の場合に必要となる 反対株主には株式買取請求権が認められる
7. 契約の履行 資産・負債の移転手続き、従業員の承継手続きなどを個別に行う 取引先や従業員からの個別同意が必要
8. 登記など 不動産の所有権移転登記など、必要な手続きを行う

事業譲渡と株式譲渡の違いとは

会社分割とは

次に、会社分割の基本的な概要と手続きの流れについて解説します。

基本概要

会社分割とは、会社が営む事業に関する権利義務の全部または一部を、他の会社に包括的に承継させる組織再編行為です。

事業譲渡が個別の売買であるのに対し、会社分割は事業を丸ごと移転させるイメージです。

会社分割には、承継先の会社によって2つの種類があります。

種類 概要 特徴
吸収分割
  • 既存の他社(またはグループ内の別会社)に、特定の事業を承継させる手法
  • 新設法人を作らずに事業の受け皿を用意できる
  • 承継会社がすでに事業基盤や許認可を持っているため、スムーズに事業移転しやすい
  • 事業統合によりシナジー効果を期待できる
  • 買い手企業側の経営方針に事業が組み込まれるため、独立性は維持しにくい
新設分割
  • 新たに設立する会社に、特定の事業を承継させる手法
  • 分社化により事業を切り出しやすい
  • 承継した事業に最適化された新会社をゼロから構築できる
  • グループ内再編や事業育成に活用できる
  • 会社設立手続が必要で、準備コストや時間がかかる

手続きの全体フロー

会社分割は組織再編行為であるため、会社法に定められた厳格な手続きが必要です

一般的な手続きの流れは以下のとおりです。

ステップ 主な内容 留意点
1. 分割計画・契約の作成 承継する権利義務の範囲、対価、スケジュールなどを定める 吸収分割の場合は吸収分割契約、新設分割の場合は新設分割計画を作成
2. 事前開示書類の備置 株主や債権者向けに、分割計画・契約の内容などを開示する 効力発生後6カ月間、本店に備え置く必要がある
3. 労働者への通知・協議 承継される事業に従事する従業員に対して、分割の旨を通知する 労働契約承継法に基づく手続きが必要
4. 株主総会特別決議 分割計画・契約を承認するための決議を行う 原則として、分割会社と承継会社の両方で必要
5. 債権者保護手続き 債権者が異議を申し立てる機会を設ける 官報公告と個別の催告が必要
6. 効力発生 分割計画・契約で定めた効力発生日をもって、権利義務が承継される
7. 登記 効力発生日から2週間以内に、変更登記または設立登記を行う 分割会社と承継会社の両方で必要
8. 事後開示書類の備置 分割に関する事項を記載した書面を作成し、本店に備え置く 効力発生後6カ月間、開示が必要

事業譲渡と会社分割の共通点

事業譲渡と会社分割は異なる手続きですが、経営戦略上の目的においては同じ点もあります。

本章では、両手法の共通点を解説します。

事業単位での切り出しが可能

事業譲渡も会社分割も、自社の一部事業のみを切り出し、他社への承継が可能です。これにより、会社全体を売却することなく、不採算部門だけを整理したり、成長可能性の高い事業に経営資源を集中したりできます。

また、承継する資産や契約を選択できる点も共通しており、柔軟なスキーム設計によって、必要な部分だけを切り離すといった最適な事業再編を実現できます。

事業ポートフォリオ最適化での活用

どちらの手法も、企業が保有する事業の見直し(選択と集中)を図るうえで活用されます。

具体的には、以下のような経営戦略上のメリットが得られます。

  • 不採算事業の早期撤退により経営リスクを低減
  • ノンコア事業の売却益を主力事業の再投資資源に
  • 技術・人材の戦略的再配置により競争力を強化

市場環境の変化が激しい現在、ポートフォリオの再構築は多くの企業にとって重要な経営課題であり、事業譲渡・会社分割はその実現手段として有効に機能します。

デューデリジェンスの重要性

いずれの手法でも、承継対象となる事業の価値や潜在リスクを正確に把握するため、デューデリジェンスが欠かせません

デューデリジェンスでは、以下のような多面的な調査が行われます。

  • 財務デューデリジェンス:資産・負債、収益性、キャッシュフローの健全性
  • 法務デューデリジェンス:契約、訴訟リスク、知的財産の状況
  • 税務デューデリジェンス:税務リスクや節税余地の確認
  • 事業デューデリジェンス:市場性、取引先状況、競争環境など
  • 労務デューデリジェンス:雇用契約、未払い残業リスクなど

デューデリジェンスをしっかりと行うことで、買収後に隠れた負債やトラブルが発覚するリスクを防ぎ、適正な対価設定や統合計画の策定につながります。

事業譲渡と会社分割の違い

本章では、事業譲渡と会社分割の違いを具体的な項目に分けて比較します。

この違いを理解することは、最適な手法を選択するうえで重要です。

代表的な比較ポイントを下表にまとめています。

比較項目 事業譲渡 会社分割
契約・資産の承継方法 必要な資産・契約だけを選択して移転(個別承継) 事業に関わる権利義務をまとめて移転(包括承継)
簿外債務の扱い 契約範囲外の債務は原則承継しない 事業関連の簿外債務まで承継するリスクあり
債権者・取引先の同意 契約ごとに個別同意が必要 債権者保護手続きが必要だが、個別同意は不要
従業員の雇用承継 本人同意が必要 労働契約を包括承継でき、再契約は不要
税務面の取り扱い 譲渡資産に消費税が課税

含み益に法人税が発生する可能性あり

適格要件を満たせば、課税繰延べが可能
許認可の引き継ぎ 原則、承継不可(買い手が再取得) 種類によっては承継可能なものもあり
対価の支払い方法 現金が原則 株式対価も可能

以下では、各項目の違いをさらに詳しく解説します。

契約・資産の承継

事業譲渡と会社分割では、資産・契約の移転方式が根本的に異なります。

<事業譲渡>

事業譲渡は当事者間の契約に基づく個別承継方式です。

譲渡契約書に記載された資産や負債・契約のみが移転対象となり、譲渡範囲は当事者の合意により自由に設定できます。

例えば、製造設備とその関連契約のみを譲渡し、不採算店舗や老朽化した設備は除外するといった選択が可能です。

 <会社分割>

一方、会社分割は会社法に基づく包括承継方式です。

分割計画書または分割契約書に定めた事業部門に属する権利義務が、一括して承継会社に移転します。

個々の契約を選別するのではなく、事業単位でまとめて引き継ぐ構造であるため、事業の一体性を保ちやすい仕組みとなっています。

簿外債務の引き継ぎ

簿外債務の取り扱いは、両手法で明確な差があります。

<事業譲渡>

事業譲渡では、譲渡契約に明示された債務のみが移転対象です。

例えば、過去の労務トラブルに起因する潜在的な賠償責任など、契約書に記載されていない債務は、原則として売り手企業に残ります。

買い手は契約内容を精査することで、承継する債務の範囲を明確に把握できます。

<会社分割>

これに対し、会社分割では分割対象事業に付随する一切の権利義務が包括的に移転します。

決算書に計上されていない退職給付債務、係争中の訴訟案件、過去の取引に関する損害賠償責任なども、事業と一体として承継される可能性があります。そのため、財務・法務・労務の各面にわたる詳細なデューデリジェンスが不可欠です。

同意の要否

債権者や取引先からの同意取得プロセスも、両手法で大きく異なります。

<事業譲渡>

事業譲渡では、民法の債務引受に関する規定が適用され、債務を引き継ぐ場合は債権者の個別の同意が必要です

金融機関からの借入債務、リース契約、継続的取引契約など、承継対象となる契約ごとに相手方の承諾を得る必要があります。取引先が多数にわたる場合、同意取得のための交渉や書面手続きが膨大となり、実行スケジュールに大きく影響します。

 <会社分割>

会社分割では、会社法上の債権者保護手続きを行うことで、個別同意なしに債務を承継できます。

具体的には、官報公告と個別催告を行い、一定期間内に異議を述べる機会を債権者に付与します。

ただし、債権者が異議を申し立てた場合は、弁済や担保提供、相当な財産を信託するなどの対応が求められます。

従業員の雇用契約

労働契約の承継方法も、両手法の重要な相違点です。

<事業譲渡>

事業譲渡では、労働契約は自動的に承継されません

労働契約承継法の適用もないため、買い手企業は従業員一人ひとりから転籍の同意を取得する必要があります。

同意取得にあたっては、転籍後の労働条件(給与、役職、勤務地など)を明示し、十分な説明を行う必要があります。

同意が得られなかった従業員は売り手企業に残るか、退職することになります。

 <会社分割>

会社分割では、労働契約承継法により、分割対象事業に主として従事する従業員の労働契約は原則として承継会社に承継されます

従業員個人の同意は不要であり、分割の効力発生により自動的に労働契約が移転します。

ただし、従業員保護の観点から、分割計画の通知や異議申出の機会付与など、法定の手続きを遵守する必要があります。

税務面の取り扱い

税務上の取り扱いは、両手法で異なります。

<事業譲渡>

事業譲渡は税法上、資産の譲渡取引として扱われます。

譲渡資産の時価と帳簿価額の差額が譲渡損益として認識され、法人税が課税されます。

また、土地・建物以外の事業用資産が譲渡対象に含まれる場合、消費税の課税対象取引となるため、売り手企業は消費税の納税義務を負います。

買い手企業は取得資産を時価で計上し、減価償却などの計算を新たに開始します。

<会社分割>

会社分割は、会社法上の組織再編行為として位置づけられ、税制適格要件を満たせば課税の繰延が認められます

適格分割では、資産・負債が帳簿価額で引き継がれ、承継時点で譲渡損益の計上は不要です。

また、消費税も原則として課税対象外です。ただし、適格要件の判定は複雑であり、要件を満たさない場合は時価評価による課税が発生します。

許認可の引き継ぎ

事業に必要な許認可の承継可否も、両手法で取り扱いが分かれます。

<事業譲渡>

事業譲渡では、許認可は原則として承継されません

許認可は法人格に紐づいて付与されるものであり、事業の一部譲渡では買い手企業が改めて申請・取得する必要があります。

建設業許可や医療法人認可、介護事業者指定、旅行業登録など、業種によっては許認可取得に数カ月を要する場合があり、その間は事業活動が制限されます。許認可の要件を満たせない場合は、事業譲渡自体が実行できないこともあります。

<会社分割>

会社分割では、許認可の種類や根拠法令により取り扱いが異なります。

会社法上の包括承継により、一定の許認可は承継会社に自動的に引き継がれる場合があります。ただし、すべての許認可が承継されるわけではなく、個別法令の規定により判断が必要です。

許認可官庁との事前協議を通じて、承継の可否や必要な手続きの確認が重要です。

支払う対価

事業譲渡と会社分割では、売り手が受け取る対価の形式にも違いがあります。

<事業譲渡>

事業譲渡では、対価は原則として金銭です。

売り手企業は譲渡代金を直接受け取り、譲渡実行後速やかに資金化できます。譲渡代金の支払方法は、実行時一括払いや分割払い、エスクロー方式など、当事者間の交渉により柔軟に設定可能です。

ただし、買い手企業は譲渡代金に相当する資金を調達する必要があり、金融機関からの借入や手元資金の確保が前提です。 

<会社分割>
会社分割では、対価として承継会社または承継会社の親会社の、株式交付が認められています

吸収分割では承継会社の株式、新設分割では新設会社の株式が分割会社またはその株主に割り当てられます。

現金を対価とすることも可能ですが、税制適格要件を満たすためには株式対価が原則です。

事業譲渡と会社分割のメリット・デメリット

これまでの違いを踏まえ、それぞれのメリット・デメリットを整理します。

事業譲渡のメリット・デメリット

<メリット>

事業譲渡の利点は、売り手・買い手双方が、譲渡対象を柔軟に設計できる点にあります。赤字事業や保有する設備の一部など、必要な資産と人材のみを選択できるため、経営再建を伴うM&Aでは特に有効です。

また、買い手にとっては、取得対象を限定できることで、不要な債務や将来のリスクを回避しやすいというメリットがあります。
既存契約の承継には個別同意が必要となるものの、裏を返せば、将来的に問題が発生しそうな契約をあえて引き継がない判断も可能です。

さらに、売り手側が経営者を続投するケースでは、経営権は維持しつつ必要資金の確保や事業整理ができるため、後継者問題への対処策として選ばれるケースも増えています。

 <デメリット>

事業譲渡の大きなデメリットとして、実務面での負担の大きさは見逃せません。

譲渡対象に従業員が含まれる場合、労働契約法のルールに沿って丁寧な説明と同意の取得が求められます。説明不足や手続き不備は、優秀な人材の離職リスクを高める要因になりかねません。

また、対象とする契約ごとに相手先の承認が必要となるため、規模が大きいほど手続きが複雑化し、クローズまで時間を要する傾向があります。

さらに、事業に関する許認可は原則として承継されないため、買い手が改めて許認可を取得しなければ事業を継続できない場合があります介護・医療・建設など、許認可が事業活動の前提となる業種では、実行時期の調整や追加コストが発生する点が大きな課題です。

加えて、譲渡益が発生した場合には法人税が課税され、譲渡資産の内容によっては消費税などがかかることがあります。売り手にとっては手取り額が想定よりも減少するリスクがあるため、税務シミュレーションを踏まえた価格交渉が重要です。 

以下の表は、事業譲渡のメリット・デメリットを整理したものです。

メリット デメリット
譲渡する資産・負債の範囲を自由に選べる 資産や契約の承継手続きが個別に発生し、煩雑
簿外債務を引き継ぐリスクが低い 従業員や取引先から個別に同意を得る必要がある
事業売却により現金を得られる 許認可を再取得する必要がある
譲渡益や課税資産に対して税金(法人税、消費税)がかかる

事業譲渡は、譲渡対象を柔軟にコントロールできる点が大きな魅力ですが、契約関係の手続きが煩雑になりがちです。特に、従業員や取引先の同意が得られない場合、スムーズな承継が難しくなるため、事前準備の質が成功を左右します。

会社分割のメリット・デメリット

<メリット>

会社分割は、承継する事業価値を維持するための仕組みが制度上整っています。契約・従業員・許認可を一体として引き継げるため、許認可が事業継続の前提となる業種(介護、医療、建設など) では大きな利点です。

さらに、会社分割は株式を対価とした取引が可能であり、買い手企業は手元資金が少なくてもM&Aを実行できる点は大きなメリットです。売り手企業にとっても、買い手企業の成長によって受け取った株式の価値向上を期待でき、将来的なリターンにつながる可能性があります。

税務面でも優遇があります。消費税については、会社分割による資産移転は包括承継とみなされるため、適格・非適格にかかわらず原則として課税対象外です。一方で、法人税については、一定の要件(適格分割要件)を満たせば、資産の譲渡に伴う課税を将来に繰り延べることが可能です。これにより、キャッシュアウトを抑えつつ事業再編を進められるため、大企業のグループ再編や中堅企業の事業整理に広く活用されています。 

<デメリット>

会社分割では、事業に関連する資産・負債を包括的に引き継ぐため、不要な資産まで承継してしまう可能性があります。さらに、決算書に表れていない退職給付債務などの簿外債務を抱えるリスクも否定できず、デューデリジェンスの精度がより求められます。

また、税務面では適格・非適格の判断が複雑で、要件を満たせなかった場合には課税が発生してしまうため、専門家の関与が欠かせません。

加えて、会社法に基づく債権者保護手続きといった厳格な法的プロセスを踏む必要があり、手続きの煩雑さや時間的コストが実務上の負担です。 

会社分割のメリット・デメリットの要点は、以下のとおりです。

メリット デメリット
契約や雇用関係を包括的に承継でき、事業譲渡と比べると、個別同意の取得が不要な分だけ手続きが簡便 不要な資産や簿外債務も引き継いでしまうリスクがある
許認可を引き継げる場合がある 税務上の要件(適格・非適格)が複雑で、専門的な判断が必要
対価を株式にでき、買い手は資金調達が不要な場合がある 会社法に定められた厳格な手続き(債権者保護など)が必要
消費税が原則非課税で、適格要件を満たせば法人税の課税繰延も可能

会社分割は、包括承継により迅速に事業移転ができる一方、不要なリスクまで引き継ぐ可能性があります。税務要件の判断など、専門家のサポートが必要なケースが多く、自社の状況に合った慎重なスキーム設計が求められます

【ケース別】事業譲渡と会社分割の選び方

本章では、自社の状況に応じて、どちらの手法がより適しているかを判断するためのポイントを解説します。

事業譲渡が適しているケース

以下のような目的や状況の場合、事業譲渡が適していると言えます。

  • 引き継ぐ資産を個別に選びたい
    不採算部門のみを切り出す、あるいは主要事業を残して周辺事業を売却するといった柔軟な配置転換が可能です。経営資源の選択と集中を進める局面で特に活用されやすい手法といえます。
  • 買い手が簿外債務のリスクを嫌がっている
    取得対象のリスクを精査しやすく、買い手側の安心材料につながります。結果として、条件交渉が前向きに進みやすく、意思決定のスピードアップにも寄与します。

会社分割が適しているケース

以下のようなケースでは、会社分割を選択するメリットが大きいでしょう。

  • 対象となる事業の規模が大きい
    従業員数が多い、契約先が多数ある、複数拠点にわたって事業展開しているといった場合、契約や雇用の移転を一件ずつ処理するのは現実的ではありません。会社分割であれば包括的に承継できるため、従業員・取引先との調整負担を最小限に抑え、事業の継続性を確保しながらスムーズに取引を実行できます。
  • 許認可の引き継ぎが事業継続に不可欠
    介護・医療・建設・物流など、許認可がビジネスモデルの前提となる業種では、許認可を失うと事業が停止するリスクがあります。会社分割であれば、一定の条件のもと許認可を引き継げる可能性があるため、M&A後の事業停滞を防ぎやすく、従業員や顧客への影響も最小限に抑えられます。
  • 課税資産が多く、消費税負担を避けたい
    建物や設備を多く保有する事業では、事業譲渡を選ぶと消費税負担が大きくなることがあります。一方、会社分割は原則非課税です。さらに、適格要件を満たせば含み益に対する法人税を将来に繰り延べられるため、キャッシュアウトを抑えながら事業移転を実現できます。特にグループ内再編で有効な選択肢です。

事業譲渡と会社分割でよくあるトラブル

どちらの手法にも、実務上注意すべき点があります。

本章では、それぞれの手法で起きがちなトラブルについて解説します。

事業譲渡でよくあるトラブル

事業譲渡は柔軟性の高い手法ですが、実務では思わぬトラブルが発生することがあります。特に契約の再締結や対象範囲のすり合わせ、税務面の見落としは、後から多大なコスト負担となりかねません

ここでは、事業譲渡で発生しやすい代表的なトラブルと、その回避策を具体的に解説します。 

<トラブル例>

  • 契約再締結漏れによる取引停止
    事業譲渡では、取引先との契約を原則すべて再締結が必要で、承諾が得られないと取引停止や条件変更により事業価値が損なわれるリスクがあります。
    これを避けるためには、契約書に盛り込まれた譲渡制限条項(チェンジオブコントロール条項など)の早期確認と、主要取引先への計画的な交渉が欠かせません。
  • 資産・負債の棚卸し漏れによる紛争化
    設備や知的財産、未払費用、簿外債務などの棚卸し漏れが発生すると、後々になって引き継ぎ範囲をめぐる紛争に発展する恐れがあります。
    対象範囲の詳細なリスト化に加え、法務・財務・労務といった領域横断的なデューデリジェンスの強化、さらに表明保証保険(W&I)を活用し、潜在的なリスクに備えられます。
  • 想定以上の税負担
    のれん評価額が膨らむことで法人税負担が想定以上となるケースも見られます。加えて、譲渡対象に課税資産が含まれている場合には消費税負担も無視できません。
    税務デューデリジェンスを徹底し、評価方法を慎重に検討するとともに、税務専門家を交えたスキーム設計を行うことで、予期せぬ税負担の発生を抑制できます。

会社分割でよくあるトラブル

会社分割は、大規模な事業移転や許認可を伴うケースで特に有効な手法ですが、法務・税務・組織面の検討が複雑なため、M&A後にトラブルが顕在化するリスクもあります。適切なPMI(統合プロセス)や事前の専門的な検証が欠かせません。

ここでは、会社分割で発生しやすい代表的な問題と、実務で取るべき対処法を整理します。

<トラブル例>

  • 不要資産・簿外債務の引き継ぎ
    会社分割では、承継対象が包括的に移転するため、デューデリジェンスで把握できなかった簿外債務や訴訟リスクなどの不要資産・負債まで引き継いでしまう可能性があります。こうしたリスクは、PMI後に損失として顕在化し、経営を圧迫する原因となり得ます。
    そのため、法務・財務領域の調査範囲を拡大し潜在債務を洗い出すとともに、分割計画の見直しや補償条項の充実、資産・負債の明確な仕分けが欠かせません。
  • 適格分割要件を満たさず課税発生
    税務面では、課税繰延を前提に設計したにもかかわらず、適格分割の要件を満たしていないと税務当局から判断され、多額の追徴課税が発生するリスクがあります。
    この問題を回避するには、早期段階から税務専門家を参画させることが重要です。さらに、税務当局への事前相談により文書回答を取得するほか、複数のスキームを比較検討し税務影響を試算するなど、慎重な設計が求められます。
  • 株主間の紛争
    株式対価を伴う会社分割では、株価評価や割当比率に対する株主間の不満が紛争化し、議案否決や訴訟につながるリスクも存在します。
    第三者評価機関による公正な算定や、事前の丁寧な説明・情報開示の徹底が、トラブル防止につながります。

事業譲渡・会社分割の相談先

事業譲渡や会社分割は、法務・税務・会計・労務など幅広い専門知識を要する複雑な手続きです。そのため、独断で進めるのではなく、専門家のサポートを得ることが重要です。

主な相談先としては、以下のような専門家が挙げられます。

  • M&A仲介会社・アドバイザリー
    相手探しから交渉、契約、クロージングまで、プロセス全体をサポートします。
  • 公認会計士・税理士
    企業価値評価やデューデリジェンス、最適な税務スキームの構築などを担当します。
  • 弁護士
    契約書の作成・レビューや、法的な手続きが適正に行われているかの確認を担当します。

それぞれの専門家と連携し、自社の利益を最大化できるスキームを慎重に検討しましょう。

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事業譲渡と会社分割を正しく選択し、企業成長を実現しよう

事業譲渡と会社分割は、どちらも事業再編のための強力な手法ですが、その性質は大きく異なります。

事業譲渡は必要な資産や契約だけを切り出せる柔軟性が強みであり、一方で会社分割は契約や従業員を包括的に承継できる仕組みと、比較的スムーズな手続きに利点があります。

どちらの手法が最適かは、M&Aの目的や対象事業の特性、税務上の影響、そして交渉相手の意向などを総合的に考慮した判断が必要です。

複雑で判断が難しい場合は、専門家への相談が重要です。万全の体制で手続きを進めることで、事業の価値を最大限に高めながら、将来につながる最適な選択を実現できるでしょう。

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澤口 良太
監修者

社外取締役(財務)・公認会計士・税理士 澤口 良太

北海道札幌市出身。2003年の学校卒業後、税理士事務所で勤務しながら税理士・公認会計士の資格を取得。KPMGあずさ監査法人を経て、TOMAコンサルタンツや辻・本郷ビジネスコンサルティングでファイナンシャルアドバイザリーサービス(FAS)の責任者を歴任。2020年、独立。澤口公認会計士事務所にて経営やM&Aアドバイザリーを展開している。上場・非上場を問わず企業のオーガニックソースやM&Aによる成長戦略、再生戦略の立案実行をハンズオンにて支援し、多数の実績を有する。2022年のM&Aフォース設立当初から、社外取締役として参画している。

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