M&A実務

会社売却の成否を分ける「就業規則」の見直し

~経営者が実践すべきコンプライアンス最優先の労務管理~

近年のM&A市場において、買い手企業が最優先で評価する指標の一つが「コンプライアンス(法令遵守)」です。

どれだけ優れた技術や強固なビジネスモデル、高い業績を誇る企業であっても、法的なリスク(コンプライアンス・リスク)を内包していると判断されれば、企業価値の正当な評価を得ることは困難になります。

会社売却の最終局面で行われる買収監査(デューデリジェンス)では、財務や法務と並び、「労務」のガバナンス体制が非常に厳しく確認されます。その際、会社の労務管理が適正に機能しているかを証明する最大の客観的指標となるのが「就業規則」です。
本コラムでは、自社が積み上げてきた経営価値を買い手に正当に評価してもらうために、経営者として確認・整備すべき「就業規則のコンプライアンス・チェックポイント」を解説します。

1.労働法改正への「完全適応」と定期的なアップデート

企業経営において、最新の法令に則った就業規則の運用はすべての土台です。

しかし、日々の事業運営に注力する中で、就業規則が過去の規定のまま据え置かれているケースも少なくありません。

買い手企業がまず確認するのは、近年の主要な労働法改正に適切に対応できているかという点です。

  • チェックポイント
    ・働き方改革関連法への対応
    ・時間外労働(残業)の上限規制への対応
    36協定の内容が法令に適合しているか
    ・年5日の年次有給休暇取得義務が就業規則に反映されているか
    ・育児・介護休業法・ハラスメント関連法への対応
    ・育児休業取得促進のための環境整備
    ・ハラスメント防止措置
    ・最新法令に沿った規程への更新

就業規則を法改正のたびに見直し、社会保険労務士など専門家の助言を受けながら更新している実績は、「ガバナンスが機能している企業」として買い手企業から高い評価につながります。

2.労務リスクを未然に防ぐ「適正な労働時間管理」の明文化

買い手企業が重視するのは、譲渡後に労務トラブルが発生するリスクがないかという点です。

そのため、就業規則に適切な運用ルールが整備されているかが重要なチェックポイントになります。

  • チェックポイント
    ・時間外労働のルール
    ・上司による事前申請・承認制
    ・労働時間を会社が正確に把握・管理する仕組み
    ・各種労働時間制度の適正運用
    ・変形労働時間制
    ・裁量労働制
    ・必要な労使協定の締結・届出
    ・就業規則との整合性
    ・賃金規程との整合性
    ・各種手当の定義
    ・実際の給与計算との一致
    ・割増賃金の適正な算出

適切な労働時間管理は、将来的な未払い残業代などのリスクを抑え、企業価値を守る重要な要素です。

3.健全な職場環境と企業価値を維持する「服務規律」

企業の社会的責任(CSR)やESG経営の観点からも、従業員が安心して働ける職場づくりは企業価値を高める重要な要素です。

買い手企業は、譲渡後も組織が健全に機能するかを重視しています。

  • チェックポイント
    ・ハラスメント防止規定
    ・パワーハラスメント
    ・セクシャルハラスメント
    ・相談窓口の設置
    ・公正な調査・処分手続き
    ・情報セキュリティ・秘密保持
    ・顧客情報・機密情報の管理
    ・在職中・退職後の秘密保持義務
    ・情報漏えい防止体制
    ・休職・復職ルール
    ・休職制度の明確化
    ・復職判断の客観的基準
    ・適切な復職プロセス

こうしたルールが明文化され、実際に運用されていることが、企業のガバナンス体制を示す大きな評価ポイントになります。

まとめ

M&Aにおける就業規則の整備は、単なる法令遵守ではありません。

適切に整備・運用された就業規則は、経営者がこれまで誠実に会社を経営してきた証そのものです。

「守りのガバナンス」を強固にすることが、買い手企業からの信頼につながり、企業価値の向上や理想的な会社売却を実現する重要な基盤となります。

就業規則の見直しや労務管理の改善には一定の準備期間が必要です。会社売却を視野に入れ始めた段階から、早めに取り組むことをおすすめします。

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澤口 良太
監修者

社外取締役(財務)・公認会計士・税理士 澤口 良太

北海道札幌市出身。2003年の学校卒業後、税理士事務所で勤務しながら税理士・公認会計士の資格を取得。KPMGあずさ監査法人を経て、TOMAコンサルタンツや辻・本郷ビジネスコンサルティングでファイナンシャルアドバイザリーサービス(FAS)の責任者を歴任。2020年、独立。澤口公認会計士事務所にて経営やM&Aアドバイザリーを展開している。上場・非上場を問わず企業のオーガニックソースやM&Aによる成長戦略、再生戦略の立案実行をハンズオンにて支援し、多数の実績を有する。2022年のM&Aフォース設立当初から、社外取締役として参画している。

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