会社売却の相場はいくら?価格の計算方法と高く売る8つのポイント
会社売却の相場は、企業の純資産や利益・用いる計算方法、そして最終的には買い手との交渉によって大きく変動します。
そのため、正しい知識がないまま価格交渉に臨めば、本来の企業価値よりも著しく低い価格で売却してしまうリスクも少なくありません。
本記事では、会社売却の相場に関する基本的な考え方から、具体的な価格計算方法、売却価格を最大化するための8つの重要なポイントまで、専門的な知見を基に解説します。
さらに、売却のメリット・デメリット、必要な費用や税金、そして相談から売却完了までの全手順も紹介します。
会社売却とは|事業売却との違い
会社売却の相場を考える前に、まずは基本的な言葉の定義を理解しておくことが重要です。
特に、よく混同されがちな「事業売却(事業譲渡)」との違いを明確にしておきましょう。
会社売却の定義
会社売却とは、一般的に会社のオーナー(株主)が保有する株式の過半数以上を第三者に譲渡することにより、会社の経営権を移転させるM&A手法を指します。
最も多く用いられるスキームは、株式譲渡です。この手法では、会社という法人格はそのまま存続し、株主が変わるだけです。
そのため、会社が持つ資産や負債、従業員との雇用契約、取引先との契約、許認可などは、原則としてそのまま買い手企業に包括的に承継されます。
後継者不在に悩む中小企業の事業承継や、創業者利益を獲得するための手段として広く活用されています。
事業売却との違い
一方、事業売却(事業譲渡)は、会社全体ではなく、会社が行っている事業の一部または全部を売却する手法です。
会社売却が会社の経営権を丸ごと移転するのに対し、事業売却は事業という資産を取引の対象とします。
売却する資産や負債、契約などを個別に選別できるのが大きな特徴です。
会社売却と事業売却の主な違いは以下の通りです。
比較項目 | 会社売却(株式譲渡) | 事業売却(事業譲渡) |
取引の対象 | 会社の株式 | 事業に関する資産・負債(店舗、設備、在庫、従業員、ノウハウなど) |
対価の受領者 | 株主(オーナー経営者個人) | 会社(法人) |
手続きの簡便さ | 比較的、簡便 | 資産や契約を個別に移転する必要があり、手続きが煩雑 |
負債の承継 | 会社の負債を丸ごと引き継ぐ(簿外債務のリスクあり) | 買い手が引き継ぐ資産・負債を選択できる |
主な税金 | 譲渡所得税、住民税(株主個人に課税) | 法人税(会社に課税)、消費税(課税資産に対して発生) |
会社売却は手続きが比較的シンプルですが、不要な資産や簿外債務も引き継ぐリスクがあります。事業売却は手続きが煩雑ですが、売りたい事業だけを選んで売却できる柔軟性があります。
どちらの手法が最適かは、売却の目的や会社の状況によって異なります。
会社売却の相場と基本的な考え方
会社売却を検討する経営者が最も気になるのが、「自社はいくらで売れるのか」という売却価格の相場です。
しかし、不動産のように明確な相場が存在するわけではありません。
まずは、相場に対する基本的な考え方を正しく理解することが、売却成功の第一歩となります。
相場の目安は「時価純資産+営業利益の3~5年分」
中小企業のM&Aにおいて、売却価格の初期的な目安を簡易的に算出する際、以下の計算式が広く用いられます。
売却価格の目安 = 時価純資産 + 営業利益の3~5年分
これは、会社の純資産(資産から負債を引いたもの)に、将来どれくらいの利益を生み出す力があるか(営業利益)を加味した考え方です。
- 時価純資産: 会社が今解散した場合に手元に残る価値。
- 営業利益の3~5年分: 「のれん代」や「営業権」とも呼ばれ、会社のブランド力、技術力、顧客基盤といった目に見えない価値(無形資産)を評価したもの。
例えば、時価純資産が5,000万円、年間の営業利益が1,000万円の会社であれば、以下のように目安を計算できます。
- 5,000万円 + (1,000万円 × 3年) = 8,000万円
- 5,000万円 + (1,000万円 × 5年) = 1億円
この場合、売却価格の目安は「8,000万円〜1億円」程度ではないかと当たりをつけられます。
ただし、これはあくまで簡易的な計算であり、業種や会社の成長性によって営業利益の何年分の部分は大きく変動します。
最終的な売却価格は交渉によって決定される
算出された企業価値は、あくまで交渉をスタートさせるための基準点に過ぎません。最終的な売却価格は、以下のようなさまざまな要因を考慮した上で、売り手と買い手の交渉によって決定されます。
- 買い手にとってのシナジー効果の大きさ
- 売り手企業が持つ独自の技術やノウハウ、特許などの価値
- 市場における希少性やブランド力
- 複数の買い手候補がいるかどうかの競争環境
例えば、買い手がある特定の技術を熱望していれば、理論上の価値を大幅に上回る価格を提示する可能性があります。逆に、買い手候補が1社しかおらず、売り手が売却を急いでいる状況では、足元を見られて相場より低い価格での決着となることもあり得ます。
つまり、会社売却における相場とは固定されたものではなく、自社の価値をいかに買い手に魅力的に伝え、交渉を有利に進められるかによって大きく変動する流動的なものです。
会社売却価格の計算方法
会社の売却価格を交渉する上で、その土台となるのが「企業価値評価(バリュエーション)」です。
専門家は、客観的かつ論理的な根拠をもって企業価値を算出するために、複数の評価アプローチを組み合わせて用います。
ここでは、代表的な3つのアプローチ「マーケットアプローチ」「インカムアプローチ」「コストアプローチ」について、それぞれの特徴を解説します。
マーケットアプローチ:市場や類似取引に基づく算出方法
マーケットアプローチは、株式市場やM&A市場といった市場での評価を基準にする方法です。
特に中小企業のM&Aでよく用いられるのが「類似会社比較法(マルチプル法)」があります。
これは、事業内容や規模が似ている上場企業の株価が、その会社の利益や純資産の何倍(マルチプル)で評価されているかを算出し、その倍率を自社に当てはめて企業価値を計算する手法です。
例えば、「EBITDAマルチプル」は、企業の収益力を示す指標であるEBITDA(税引前利益+支払利息+減価償却費)の何倍で会社が評価されているかを示します。
客観性が高い一方、自社と完全に一致する類似企業を見つけるのが難しいという側面もあります。
【マーケットアプローチ】
概要 | 主な評価手法 | メリット | デメリット |
類似する上場企業やM&A事例の市場株価などを参考に、相対的に企業の価値を評価する。 | ・類似会社比較法(マルチプル法)
・類似取引比較法 |
・市場の評価が反映される
・客観性が高い |
・類似する企業や取引を見つけるのが困難な場合がある |
インカムアプローチ:将来の収益性に基づく算出方法
インカムアプローチは、会社が将来どれだけの利益やキャッシュフローを生み出すかに着目する方法です。
代表的な手法は、「DCF(ディスカウンテッド・キャッシュフロー)法」です。
これは、企業が将来生み出すと予測されるキャッシュフローを、リスクなどを考慮した「割引率」を用いて現在の価値に換算し、合計することで企業価値を算出します。
将来の成長性を価格に反映できるため、成長段階にあるベンチャー企業などの評価に適しています。
ただし、将来の予測である事業計画の精度や、割引率の設定によって評価額が大きく変動するため、計画の客観性が非常に重要になります。
【インカムアプローチ】
概要 | 主な評価手法 | メリット | デメリット |
会社の将来の収益力やキャッシュフローに着目し、企業の価値を評価する。 | ・DCF(ディスカウンテッド・キャッシュフロー)法
・配当還元法 |
・将来の成長性を反映できる
・事業の収益性を直接評価できる |
・事業計画の客観性に左右される
・計算が複雑で専門知識が必要 |
コストアプローチ:会社の純資産に基づく算出方法
コストアプローチは、会社の貸借対照表に記載されている資産と負債をベースに企業価値を算出する方法です。
「時価純資産法」が代表的で、これは帳簿上の資産・負債をすべて現在の市場価格(時価)に評価し直してから、時価資産総額 − 時価負債総額で純資産を計算します。
例えば、帳簿上1,000万円の土地が、現在の市場価格で5,000万円の価値があるなら、その差額を資産に上乗せして評価します。
計算が比較的シンプルで客観性が高いのがメリットですが、会社の将来の収益性が価格に反映されないという点がデメリットです。そのため、他のアプローチと組み合わせて使われることが一般的です。
【コストアプローチ】
概要 | 主な評価手法 | メリット | デメリット |
会社の純資産(資産-負債)に着目し、企業の価値を評価する。 | ・簿価純資産法
・時価純資産法 |
・客観性が高い
・計算が比較的容易 |
・将来の収益力が反映されない
・清算価値に近くなりやすい |
M&Aの企業価値評価とは?基本的な算出方法と売り手・買い手のポイントを解説【2025年最新】
会社の売却相場に影響を与える5つの重要要素
会社の売却価格は、前述した計算方法だけで決まるわけではありません。買い手が「この会社には、この金額を払う価値がある」と判断するための、定性的な要素も大きく影響します。
ここでは、特に重要となる5つの要素を解説します。
①企業の収益性・将来性
安定して高い収益を上げていることは、企業価値の基本的な評価ポイントです。しかし、買い手がそれ以上に重視するのが将来性です。
- 市場の成長性: 会社が属する市場は今後も拡大が見込めるか。
- 事業の成長ポテンシャル: 新規事業や新サービスが成長のドライバーとなり得るか。
- 収益の安定性: 特定の顧客や製品に依存せず、収益源が分散されているか。
たとえ現状が赤字であっても、将来性が非常に高いと判断されれば、買い手は高い評価をすることがあります。買い手は投資回収を目的としているため、未来への期待値が現在の価値を上回ります。
②無形資産
無形資産とは、貸借対照表には記載されないものの、企業の競争力の源泉となる価値のことです。これらは他社が容易に模倣できない参入障壁となり、企業価値を大きく押し上げます。
- 独自の技術・ノウハウ・特許: 他社にはない製造技術や、法的に保護された特許。
- ブランド力・知名度: 長年かけて築き上げた信頼や、業界での高い認知度。
- 顧客基盤・取引先との関係: 優良で継続的な取引が見込める顧客リストや、強固な仕入れルート。
- 許認可・ライセンス: 事業運営に必須で、新規取得が困難な許認可やライセンス。
これらの無形資産は、買い手がゼロから築くには莫大な時間とコストがかかるため、M&Aによって獲得する価値は非常に大きいと評価されます。
③業種・業界の動向
自社が属する業界全体の成長性も、評価に影響します。
例えば、ITやAI、ヘルスケアといった成長市場にいる企業は、将来性が期待され、高い評価を得やすい傾向にあります。
一方で、市場が縮小している斜陽産業の場合、業績が良くても将来性を懸念され、評価が伸び悩むケースも少なくありません。
業界再編が活発な業界では、買い手企業の買収意欲が高く、高値がつきやすいこともあります。
④従業員のスキルや組織文化
M&Aは事業や資産だけでなく、人材という重要な経営資源を引き継ぐ行為です。従業員の質や組織文化も評価の対象となります。
- 優秀な人材: 代替の難しいスキルを持つ技術者、実績のある営業担当者、経営を担える幹部などの存在。
- 従業員の定着率: 離職率が低く、従業員が長期間にわたって定着していること。
- 組織文化: 風通しが良く、変化に柔軟な企業風土。
これらの要素は、M&A後のスムーズな事業運営や統合(PMI:Post Merger Integration)を期待させるため、買い手にとって大きな魅力です。
⑤買い手企業とのシナジー効果
シナジー効果とは、2つの企業が統合することで、それぞれが単独で活動するよりも大きな成果を生み出す相乗効果のことです。これは、売却価格を理論値以上に引き上げる最も重要な要因の一つです。
- 販売シナジー: 売り手の製品を、買い手の強力な販売網で展開し、売上を拡大する。
- 生産シナジー: 双方の生産拠点を統廃合し、生産効率を高めてコストを削減する。
- 開発シナジー: 互いの技術を組み合わせ、革新的な新製品やサービスを開発する。
自社がどの企業と組めば最大のシナジー効果を生み出せるかを見極め、交渉の場でその価値を具体的に提示することが、高値売却の鍵となります。
会社を相場よりも高く売却するための8つのポイント
会社の売却価格は、準備次第で大きく変わる可能性があります。
ここでは、自社の価値を最大限に高め、相場よりも有利な条件で売却するための8つの具体的なポイントを解説します。
①財務状況の健全化と収益性の向上
買い手がまずチェックするのは、決算書をはじめとする財務資料です。
日頃からコスト削減や不要資産の売却を進め、利益率を高めておきましょう。
また、経営者の個人的な経費と会社の経費が混同されている状態は、買い手に不信感を与えます。公私混同をなくし、誰が見ても明瞭な財務状況にしておくことが、信頼獲得と企業価値評価の向上に直結します。
②自社の強みの整理と強化
自社の強みは何かを客観的に分析し、それを誰にでもわかりやすく説明できるように整理しておくことが重要です。
これは企業概要書というM&Aの初期段階で買い手に提示する資料の基礎となります。
「独自の技術」「強固な顧客基盤」「高いブランド力」など、アピールできるポイントを明確にし、その強みをさらに磨き上げましょう。
③将来性のある事業計画の策定
M&Aでは、過去の実績だけでなく、将来どれだけ成長できるかが評価されます。
市場の成長性や自社の強みを踏まえた、説得力のある事業計画を策定しましょう。
「3年後、5年後に売上や利益がどう成長していくのか」を具体的な数値で示すことで、買い手は投資の価値を判断しやすくなります。
④適切な売却タイミングの見極め
会社を売却するタイミングは非常に重要です。
一般的に、企業の業績が良く、業界全体が成長している時期が高く売れるタイミングとされています。
業績がピークを過ぎて下降し始めてから慌てて売却活動を始めると、買い手から足元を見られ、不利な条件になる可能性が高まります。
経営者自身の年齢や健康状態も考慮し、余裕を持ったスケジュールで準備を始めることが大切です。
⑤買い手へのシナジー効果の提示
自社を単体で評価するのではなく、買い手と組むことでどれだけ大きな相乗効果(シナジー)が生まれるかを具体的に提示しましょう。
例えば、「貴社の販売網を活用すれば、当社の製品売上は3年で2倍になります」といったように、相手のメリットを明確に伝えます。
これにより、買い手は理論値以上の価値を見出し、高い価格を提示する動機が生まれます。
⑥複数の買い手候補の比較検討
交渉相手を1社に絞ってしまうと、その買い手の言い値で交渉が進みがちです。
複数の買い手候補と同時に交渉を進めることで、競争環境が生まれ、より良い条件を引き出しやすくなります(オークション効果)。
自社の価値を最も高く評価してくれる相手を見つけるためにも、幅広いネットワークを持つM&A専門家に相談し、複数の候補先を紹介してもらうことが有効です。
⑦マイナス要素の事前解消
買い手は、買収後に発覚するリスク(簿外債務、訴訟、キーマンの退職など)を非常に警戒します。
これらの潜在的なマイナス要素は、デューデリジェンス(買収監査)の段階で必ず明らかになり、大幅な価格引き下げや、最悪の場合は契約破棄の可能性も否定できません。
事前に洗い出して解決しておくことで、交渉をスムーズに進め、信頼を損なうことなく取引を完了できます。
⑧M&A専門家の活用
会社売却には、法務、税務、会計といった高度な専門知識が不可欠です。
経営者自身が本業の傍らで、これらの複雑な手続きや交渉をすべて行うのは現実的ではありません。
経験豊富なM&A専門家(仲介会社やFA)に依頼することで、適切な買い手候補を見つけ、企業価値を最大化する交渉戦略を立て、複雑な手続きを円滑に進められます。
専門家への報酬はかかりますが、それを上回るメリットを得られるケースがほとんどです。
会社売却のメリット
会社を売却することは、経営者にとって大きな決断ですが、多くのメリットをもたらす可能性を秘めています。
ここでは、会社売却によって得られる主なメリットを4つの側面から解説します。
創業者利益の獲得
経営者が保有する株式を売却することで、まとまった現金(創業者利益)を手にできます。
これにより、アーリーリタイアして悠々自適なセカンドライフを送ったり、新たな事業を始めるための資金にしたりと、人生の選択肢が大きく広がります。
これは、会社を清算(廃業)する場合には得られない、会社売却ならではの大きなメリットです。
経営責任および個人保証からの解放
会社の経営者は、常に業績に対する責任、従業員の生活を守る責任、そして資金繰りのプレッシャーといった重責を担っています。
特に中小企業の場合、経営者個人が会社の借入金に対して連帯保証を行っているケースが多く、これは大きな精神的・経済的負担となることが多いです。
会社売却によって経営権を移転することで、これらの重圧から解放されます。
個人保証も買い手企業に引き継いでもらうか、売却資金で返済することにより解消され、安心して次の人生へと歩み出せます。
後継者問題の解決
多くの中小企業が直面している深刻な問題が「後継者不足」です。親族や社内に適任者がいないために、黒字経営でありながらも廃業を選択せざるを得ないケースは少なくありません。
会社売却は、この後継者問題を解決する非常に有効な手段です。自社事業の継続と発展を託せる、意欲と能力のある第三者(企業)に経営を引き継いでもらうことで、廃業を回避し、事業承継を実現できます。
従業員の雇用と事業の継続
大切に育ててきた会社と、共に働いてきた従業員の未来を守れることも、会社売却の大きなメリットです。
M&Aが成立すれば、従業員の雇用は買い手企業に原則としてそのまま引き継がれます。
また、大手企業の傘下に入ることで、会社の事業はより安定し、従業員にとっては福利厚生の向上やキャリアアップの機会増など、働く環境が改善されるケースも少なくありません。
会社売却のデメリット
一方で、会社売却にはデメリットや注意すべき点も存在します。
良い面だけでなく、これらのリスクも理解した上で、慎重に判断することが重要です。
経営権を完全に喪失する
株式を譲渡するということは、会社の所有権と経営権を完全に手放すことを意味します。
売却後は、たとえ会長などの役職で会社に残ったとしても、最終的な意思決定権は買い手企業が持つことになります。
長年愛情を込めて育ててきた会社だけに、経営に関与できなくなることに寂しさや喪失感を覚える経営者も少なくありません。
従業員の処遇変更の可能性がある
原則として雇用は維持されますが、買い手企業の経営方針によっては、労働条件や職場環境、企業文化などが変化する可能性があります。
従業員が新しい環境に馴染めず、モチベーションが低下したり、退職してしまったりするリスクもゼロではありません。
従業員の将来を第一に考えるのであれば、買い手候補の企業文化や従業員に対する考え方を、交渉の段階でしっかりと見極める必要があります。
希望価格での売却が困難な場合がある
自社に十分な収益性や将来性、独自の強みがなければ、買い手が見つからなかったり、希望する価格よりも大幅に低い金額を提示されたりする可能性があります。
特に準備不足のまま売却活動を進めると、自社の価値を正しく評価してもらえず、不利な条件で妥協せざるを得ない状況に陥ることもあります。
取引完了までの情報漏洩リスクがある
M&Aの交渉が進んでいるという情報は、極めて機密性の高いものです。もしこの情報が取引完了前に社内外に漏洩した場合、さまざまな混乱を引き起こす可能性があります。
- 従業員の動揺と退職: 自身の将来に不安を感じた従業員が動揺し、優秀な人材が流出してしまう。
- 取引先との関係悪化: 「経営が不安定なのではないか」と取引先が不安を抱き、取引を縮小・停止されてしまう。
- 競合他社による妨害: 交渉の事実を知った競合他社が、不利な情報を流したり、取引先に揺さぶりをかけたりする。
情報管理を徹底し、限られた関係者のみで交渉を進めることが極めて重要です。M&A仲介会社などの専門家は、こうした機密保持に関するノウハウにも長けています。
会社売却にかかる税金とその他の費用
会社を売却して得たお金が、すべてそのまま手元に残るわけではありません。
売却益に対しては税金がかかりますし、M&Aの専門家に支払う手数料も必要です。
最終的な手取り額を正しく把握するために、これらのコストについて理解しておきましょう。
会社売却に伴う税金
会社売却(株式譲渡)において、税金を納める義務があるのは、株式を売却して利益(譲渡所得)を得た株主です。株主が個人か法人かによって、課される税金の種類と税率が異なります。
株主が個人の場合
中小企業の多くは、オーナー経営者が個人として株式を保有しています。
この場合、株式の譲渡によって得た利益は譲渡所得とみなされ、給与所得など他の所得とは分離して以下の税金が課されます。
-
- 所得税:15%
- 復興特別所得税:0.315%(所得税額の2.1%)
- 住民税:5%
- 合計税率:20.315%
譲渡所得は「譲渡価格 -(取得費 + 譲渡費用)」で計算されます。
取得費とは株式を取得した際にかかった費用(出資金など)、譲渡費用はM&A仲介手数料などです。
どのように高額な利益を得たとしても、税率が一律約20%である点は、役員報酬などで受け取る場合と比較して大きなメリットと言えます。
株主が法人の場合
親会社が子会社の株式を売却するケースなど、株主が法人の場合もあります。
この場合、株式の譲渡によって得た利益は、その法人の他の事業で生じた損益と合算され、法人税等の課税対象となります。
法人税等の実効税率は、企業の規模や所得額によって異なりますが、およそ30%前後が目安です。
税以外の諸費用
会社売却に際しては、税金以外にも以下のような費用が発生する可能性があります。
- M&A仲介手数料:M&A仲介会社に支払う成功報酬です。売却価格に応じて一定の料率で計算される「レーマン方式」が一般的です。
- 法務・税務アドバイザリー費用:弁護士や税理士などの専門家に契約書のチェックや税務相談を依頼した場合の費用です。
- デューデリジェンス対応費用:買い手が行う買収監査(デューデリジェンス)に対応するために、資料作成などを外部に依頼した場合の費用です。
中でも最も大きな割合を占めるのがM&A仲介手数料です。
料金体系は仲介会社によって異なるため、契約前に必ず詳細を確認しましょう。
会社売却の手順|7つのステップ
会社売却を考え始めてから、実際に手続きが完了するまでには、一般的に半年から1年以上の期間がかかります。
ここでは、そのプロセスを7つのステップに分けて解説します。
ステップ1:M&A専門家への相談・依頼
最初のステップは、信頼できるM&Aの専門家(仲介会社など)に相談することです。
この段階で、自社の現状や売却の希望を伝え、M&Aの進め方やスケジュール、考えられるリスクなどについてアドバイスを受けます。
複数の専門家と面談し、実績や料金体系、担当者との相性などを比較検討した上で、依頼先を決定し、秘密保持契約やアドバイザリー契約を締結します。
ステップ2:売却戦略の策定と企業価値評価
契約後、専門家と共に具体的な売却戦略を立てます。
自社の強み・弱みを分析し、どのような買い手候補にアプローチするのが最適かを検討しましょう。
並行して、決算書などの資料を基に、専門家が客観的な企業価値評価(バリュエーション)を行います。この評価額が、後の価格交渉のベースとなります。
ステップ3:買い手候補の選定
策定した売却戦略に基づき、M&A専門家が持つネットワークの中から、買い手候補となる企業を探し、リストアップします。
この際、売り手企業の社名が特定されないように匿名化された資料(ノンネームシート)を用いて、候補先に打診を行います。
興味を示した候補先とは秘密保持契約を締結した上で、より詳細な情報(企業概要書)を開示しましょう。
ステップ4:トップ面談・交渉
複数の買い手候補の中から、条件やシナジーが期待できる企業を絞り込み、経営者同士が直接会って話をするトップ面談を実施します。
ここでは、お互いの経営理念や事業への想い、M&A後のビジョンなどを共有し、信頼関係を築くことが目的です。
この面談を経て、双方がM&Aに前向きであれば、売却価格やスケジュール、従業員の処遇といった基本的な条件交渉に入ります。
ステップ5:基本合意契約の締結
交渉がある程度進み、基本的な条件について双方の合意が得られたら、「基本合意契約書(MOU)」を締結します。
これは、最終契約に向けた現時点での合意内容を確認するもので、通常、法的拘束力はありません(独占交渉権など一部の条項を除く)。
この契約には、現時点での暫定的な売却価格や、今後のスケジュールなどが盛り込まれます。
ステップ6:デューデリジェンスの実施
基本合意契約の締結後、買い手側による「デューデリジェンス(DD)」が行われます。
これは、買い手が弁護士や公認会計士などの専門家を起用し、売り手企業の財務、法務、税務、事業内容などを詳細に調査するプロセスです。
売り手企業は、要求された資料を迅速かつ正確に提出する必要があります。
ここで事前に開示されていなかった重大な問題が見つかると、価格交渉が振り出しに戻ったり、破談になったりする可能性があります。
ステップ7:最終契約の締結とクロージング
デューデリジェンスの結果を踏まえて最終的な条件交渉を行い、双方が合意に至れば、「最終契約書(株式譲渡契約書)」を締結します。
契約書に定められた日に、株式の譲渡と売却代金の決済(クロージング)が行われ、会社売却は完了です。
経営権が買い手に移転し、オーナー経営者は創業者利益を得られます。
自社の相場を正しく見極め、納得のいく会社売却を実現しよう
会社売却の価格は交渉で決まるため、絶対的な相場は存在しません。だからこそ、自社の企業価値を正しく評価し、高く売るための準備を事前に行うことが何よりも重要です。
しかし、会社売却のプロセスは複雑で、会計・税務・法務といった高度な専門知識が不可欠です。納得のいく会社売却を成功させる鍵は、信頼できる専門家と連携することにあります。
まずはM&Aの専門家に相談し、自社の客観的な価値を正確に把握することから始めましょう。