M&A基礎知識

【事例15選】M&Aの失敗とは?原因・リスク・回避策まで徹底解説

M&Aは企業の成長戦略として非常に有効な手段ですが、その裏では失敗に終わるケースも少なくありません。

実際に、M&Aの成功確率はわずか3割程度とも言われ、多くの企業が買収後に巨額の損失や組織の崩壊といった深刻な課題に直面しています。

では、なぜこれほど多くのM&Aが失敗してしまうのでしょうか?

本記事では、M&Aにおける失敗とは何を指すのかを明確に定義し、実際に起きた15の失敗事例を紹介します。

さらに、M&Aが失敗に終わる5つの主要因と、それが引き起こす4つの重大リスク、そして失敗を未然に防ぐための実践的な対策まで、網羅的に解説します。

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M&Aにおける失敗とは何か?成功との違い

M&Aにおける失敗とは、一体どのような状態を指すのでしょうか。

この章では、M&Aの失敗とは具体的に何を指すのか、解説します。

M&Aの失敗の定義

M&Aにおける失敗とは「M&Aによって当初の目的を達成できず、結果として企業価値を損なってしまう状態」と定義できます。

この失敗には、客観的な指標で判断できるもの(財務悪化など)と、当事者の主観に左右されるもの(企業文化の不一致など)が存在します。

しかし、多くのケースでは、これから解説する4つの典型的な事象が失敗の明確なシグナルとして現れます。

失敗と見なされる4つの典型的なケース

M&Aの失敗は、単一の原因で起こることは稀です。多くの場合、複数の問題が絡み合い、以下のような典型的な4つのケースとして表面化します。

自社のM&Aがこれらの兆候に当てはまらないか、常に確認することが重要です。

想定したシナジー効果が得られない

M&Aの最大の目的は、2つの企業が1つになることで生まれるシナジー効果(相乗効果)です。しかし、このシナジーが計画通りに得られないことは、失敗の最も代表的なパターンです。

  • 売上シナジーの不発: 両社の販路を相互活用して売上が伸びるはずだったのに、全く拡大しなかった。
  • コストシナジーの不発: 本社機能や仕入れを統合してコストを削減できるはずだったのに、統合費用がかさむばかりで効果が出なかった。

このように、買収に投じた莫大な資金や労力に見合うリターン(シナジー)が得られなければ、そのM&Aは事業戦略上の失敗と見なされます。

のれんの減損や赤字化で財務が悪化する

M&Aを行う際、買収価格が相手企業の純資産を上回った場合、その差額は「のれん」として会計上、資産に計上されます。この「のれん」は、企業のブランド力や技術力といった目に見えない価値を金額で表したものです。

しかし、買収後に「期待したほど収益力がなかった」と判断されると、一般的に上場企業では、この「のれん」の価値を切り下げる「減損損失」を計上しなければなりません。

大規模な減損は企業の純利益を大きく圧迫し、株価の急落や財務状況の悪化を招きます。これは、M&Aが財務上の失敗であったことを明確に示すサインです。

買収後に簿外債務や不正などの不祥事が発覚する

買収前の調査(デューデリジェンス)が不十分だった場合、買収後に想定外の問題が発覚することがあります。

  • 会計帳簿に載っていない「簿外債務」
  • 多額の未払い残業代や退職金
  • 将来の訴訟に発展しかねない潜在的な法的リスク
  • 経営陣による粉飾決算などの不正行為

これらの問題が発覚すると、追加の資金流出や深刻なブランドイメージの低下につながり、M&Aの前提そのものが崩壊します。これは、初期段階の調査における重大な失敗と言えます。

優秀な人材の離職や組織文化の衝突が起きる

企業の最も重要な資産は「人」です。しかし、M&A後の統合プロセス(PMI)がうまくいかないと、組織面で深刻な問題が発生します。

特に、事業の核となるキーパーソンや優秀な従業員が、新しい経営方針や待遇への不満から大量に離職してしまうケースは致命的です。

また、意思決定のスピードや評価制度、コミュニケーションのスタイルといった企業文化の違いが原因で社内に対立が生まれ、組織全体が機能不全に陥ることも少なくありません。

どれだけ優れた事業計画を立てても、それを実行する「人」や「組織」が崩壊してしまえば、M&Aは組織上の失敗に終わります。

M&A失敗がもたらす4つの重大リスク

M&Aの失敗は、企業の存続そのものを脅かすほどの、深刻なリスクを内包しています。

ここでは、M&Aの失敗が引き起こす4つの重大なリスクについて具体的に解説します。

財務リスク|赤字化とのれんの減損

M&Aの失敗が最も直接的に表れるのが、財務面へのダメージです。特に「のれんの減損」は、企業の財務諸表に大きな傷跡を残します。

買収した事業が計画通りに収益を上げられない場合、多額の減損損失を計上することになり、赤字化につながります。

結果として、金融機関からの信用格付けが下がり、追加融資が受けにくくなったり、資金調達コストが上昇したりと、企業のキャッシュフロー全体に深刻な影響を及ぼすのです。

組織・人材リスク|キーパーソンの離職と組織崩壊

M&Aの成否を分けるのは、結局のところ人です。しかし、統合プロセスで組織が混乱すると、致命的な人材リスクが発生します。

買収された企業の将来に不安を感じたキーパーソンや優秀な社員が次々と離職してしまえば、その企業が長年培ってきた技術力・ノウハウ、そして顧客との関係性までが一瞬にして失われます。

これは、買収した事業の価値そのものが失われることに他なりません。残った従業員のモチベーションも低下し、生産性が大きく低下することも考えられ、最悪の場合、事業の根幹が揺らぐ「組織崩壊」に至るリスクがあります。

事業戦略リスク|期待したシナジーの不発

M&Aは、本来であれば企業の成長を加速させるための事業戦略の一環です。しかし、失敗すればその戦略自体が頓挫するリスクを負います。

期待したシナジーの不発は、単にリターンが得られないだけでなく、M&Aに投じた時間・資金・人材といった経営資源がすべて無駄になることを意味します。

本来、既存事業の成長や新規事業開発に使うべきだったリソースを浪費した結果、企業の成長機会を逸失する可能性もあるのです。

これにより、競合他社に差をつけられ、市場における競争力が低下するなど、長期的な事業戦略に大きな狂いが生じてしまいます。

レピュテーションリスク|企業ブランドイメージの毀損

M&Aの失敗は、株主・顧客・取引先といった社外のステークホルダーからの信頼を大きく損なう、深刻な問題です。

M&Aに失敗した企業というネガティブなレッテルは、株主や投資家からの信頼を失墜させ、株価の下落を招きます。

また、顧客や取引先にも「あの会社は経営判断に難がある不安定な会社だ」という印象を与え、取引の縮小や停止につながることもあります。

このように企業ブランドイメージの毀損は、採用活動の難化や従業員の士気低下など、目に見えない形で企業の体力をじわじわと奪っていく、非常に厄介なリスクです。

一度失った信頼を回復するのは容易ではなく、長期的に企業価値を低迷させる原因となります。

M&Aが失敗する確率は7割?国内外のデータから見る実態

M&Aの成功率は3割と言われています。この章では、国内外の調査データを基に、M&Aが失敗する確率の実態に迫ります。

「M&Aの成功率は3割」と言われる根拠

この「成功率3割」という説は、特定のひとつの調査結果を指すものではありません。

古くはハーバード・ビジネス・レビューに掲載された論文をはじめ、国内外のさまざまな経営学の研究や調査レポートで、M&Aが期待通りの成果を上げていないというデータが繰り返し示されてきました。

これらの研究の多くは、M&A後の株価の変動やROA(総資産利益率)といった客観的な財務指標を分析し、M&Aによって株主価値や企業価値が向上しなかったケースを失敗と定義しています。

その結果、多くのケースでM&Aが期待された成果を達成できていないことが明らかになり、そこから成功するのは3割程度という通説が広まりました。

この数字は、M&Aという行為に伴う本質的な難しさを示す、重要な警鐘であると言えるでしょう。

失敗の定義によって確率は変動する点に注意

しかし、この7割失敗するという数字を、すべてのM&Aに当てはまる絶対的な法則として鵜呑みにするのは早計です。

なぜなら、何をもって失敗するかの定義は、M&Aの目的によって大きく異なるからです。

例えば、前の章で解説したように、

  • 計画していたシナジー効果が100%は出なかった
  • のれんの減損損失を計上した
  • 買収した事業が倒産した

これらはすべて失敗の側面を持っていますが、その深刻度は全く異なります。

特に、中小企業の事業承継を目的としたM&Aの場合、金銭的なリターンだけでなく、「従業員の雇用が守られた」「後継者問題が解決した」「地域に根ざした技術が存続した」といった要素が達成されれば、それは十分に成功と言えるでしょう。

したがって、7割という数字は、M&Aがいかに困難なプロジェクトであるかを示す戒めとして心に留めつつも、数字そのものに過度に囚われる必要はありません。

最も重要なのは、自社のM&Aにおいて何が達成されれば成功なのかという独自の定義を明確に設定し、そのゴールに向かって戦略を着実に実行していくことです。

【大企業編】M&Aの失敗事例12選

M&Aの失敗は中小企業だけの話ではなく、豊富な資金力と優秀な人材を持つ大企業であっても、歴史に残るような手痛い失敗を数多く経験しています。

ここでは、ニュースなどで大きく報道された12の事例を取り上げ、その背景に何があったのか、そして私たちはそこから何を学ぶべきかを紐解いていきます。

東芝 × ウェスチングハウス:巨額損失を招いた買収額の過大評価

2006年、東芝は原子力事業の強化を目指し、米国の原子力大手ウェスチングハウスを市場評価額の2倍以上となる約6,600億円で買収しました。

しかし、その後の福島第一原発事故により、世界の原発の安全基準が厳格化されたことにより建設コストが高騰し、ウェスチングハウスの経営は急速に悪化することになります。

結果、2017年に同社は経営破綻し、東芝は7,000億円を超える莫大な損失を計上し名門企業の経営を根幹から揺るがす事態となりました。

この事例は、市場の将来性を過度に楽観視し、高値掴みをしてしまった典型的な失敗例です。

(情報参照元:株式会社東芝「ウェスチングハウス社株式取得による原子力事業の強化について」)

日本郵政 × トールHD:海外事業の不振でのれんを全額減損

2015年、日本郵政は国際物流事業への本格参入を目指し、オーストラリアの物流大手トールHDを約6,200億円で買収しました。

しかし、買収後に資源価格の下落でオーストラリア経済が減速し、トールの業績は急激に悪化することになります。

不十分なデューデリジェンスや高値掴みも指摘され、複数回にわたって大規模な減損損失を余儀なくされました。

この事例は、不慣れな海外事業への進出がいかに難しく、またシナジー効果を楽観視したM&Aがいかに危険であるかを物語っています。

(情報参照元:日本郵政株式会社「日本郵便による豪州物流企業Toll Holdings Limitedの株式の取得(子会社化)について」)

パナソニック × 三洋電機:組織文化の衝突によるPMIの失敗

2009年、パナソニックはリチウムイオン電池事業の強化を狙い、三洋電機を約8,000億円で買収しました。

世界トップクラスの電池事業を手に入れるはずでしたが、両社の事業には重複が多く、大規模なリストラが必要となりました。

さらに、トップダウン型のパナソニックとボトムアップ型の三洋電機という、あまりに異なる企業文化が激しく衝突することとなり、スムーズな経営統合(PMI)が進まず、結果として多くの優秀な人材が流出する事態となります。

優れた技術を持つ企業同士であっても、文化の融合に失敗すればシナジーは生まれないという教訓を残しました。

(情報参照元:パナソニック株式会社「三洋電機(株)を子会社化」)

第一三共 × ランバクシー:デューデリジェンス不足による品質問題の発覚

2008年、製薬大手の第一三共は、後発医薬品市場への足がかりとしてインドの製薬大手ランバクシーを買収しました。

しかし、買収直後にFDA(米食品医薬品局)からランバクシーの主力工場に対して品質管理上の問題が指摘され、製品の輸入禁止措置が取られます。

この重大なリスクを事前のデューデリジェンスで見抜けなかったことが、致命的な失敗でした。

結果として、第一三共は多額の損失を抱え、最終的に同社を売却することになりました。

デューデリジェンスの重要性、特に専門性の高い分野でのリスク調査の甘さが悲劇を招いた事例と言えます。

(情報参照元:第一三共株式会社「Ranbaxy Laboratories Limited株式の取得に関するお知らせ」)

LIXIL × グローエ:買収後のガバナンス不全と経営統合の難航

2014年、LIXILは水回り製品のグローバル展開を目指し、ドイツの最大手グローエを買収しました。

しかし、買収後にグローエ傘下企業の不正会計が発覚します。さらに、創業家出身のCEOと外部から招聘したCEOとの間で経営方針を巡る対立が表面化し、経営の混乱が続きました。

買収後のガバナンス(企業統治)体制をいかに構築するべきかという、PMIの課題を浮き彫りにした事例です。

(情報参照元:株式会社LIXILグループ「GROHE Groupの子会社化について」)

楽天 × ウォルマート西友:戦略の不一致でシナジーを生み出せず撤退

2018年、楽天はネットとリアル店舗の融合を目指し、米ウォルマートと提携してスーパーマーケット西友の株式20%を取得しました。

ネット通販大手の楽天と、実店舗を主体とする西友の連携によるシナジーが期待されましたが、ビジネスモデルや戦略の違いから効果的な協業は進みませんでした。

結果、楽天は2023年に保有株式を売却し、事実上この提携から撤退しました。

異なる業態の企業が連携する際に、戦略的な不一致が失敗をもたらすことを示す一例です。

(情報参照元:楽天グループ株式会社「楽天とウォルマート、戦略的提携を発表」)

キリンHD × スキンカリオール:ブラジル市場の読み違いと事業不振

2011年、キリンHDは成長著しいブラジル市場に参入するため、地元のビール大手スキンカリオールを約3,000億円で買収しました。

しかし、その後のブラジル経済の失速や大規模な汚職問題といったカントリーリスクを読み違え、業績は低迷します。最終的に2017年、多額の損失を計上して事業を売却しました。

海外M&Aにおいて、現地の政治・経済情勢をリスク分析することがいかに重要であるかを示しています。

(情報参照元:キリンホールディングス株式会社「スキンカリオール・グループの株式の取得(子会社化)に関するお知らせ」)

丸紅 × ガビロン:穀物価格の変動を読み誤り巨額の減損損失

2013年、総合商社の丸紅は食料事業の強化のため、米国の穀物大手ガビロンを買収しました。

しかし、買収後にシェール革命などの影響で穀物市況が大きく変動し、価格が下落します。高値で買収したガビロンの収益性は悪化し、丸紅は複数回にわたり多額の減損損失を計上しました。

市況に大きく左右される事業を買収する際に、タイミングと価格算定がいかに難しいかを物語っています。
(情報参照元:丸紅株式会社「マニュアルレポート2013」)

DeNA × iemo・ペロリ:メディア運営の問題によるブランドイメージの毀損

2014年、DeNAはキュレーションメディア事業を強化するため、iemoとペロリの2社を買収しました。

事業は急成長しましたが、その裏で不正確な医療情報や他サイトからの無断転用といったコンプライアンス上の問題が横行します。これが社会問題化し、DeNAは全メディアを非公開化する事態に追い込まれました。

事業の成長性だけでなく、ビジネスモデルに潜む倫理的・法的リスクを見抜くデューデリジェンスがいかに重要であるかを示唆する事例です。

(情報参照元:株式会社ディー・エヌ・エー「DeNAがキュレーションプラットフォーム事業を開始~キュレーションプラットフォーム運営会社2社を買収、リアル巨大産業の構造変革を目指す~」)

野村HD × リーマン・ブラザーズ:リーマンショック後の急な統合による混乱

2008年のリーマンショック直後、野村HDはグローバルな投資銀行を目指し、経営破綻したリーマン・ブラザーズの欧州・アジア部門を買収しました。

しかし、歴史も文化も全く異なる組織の急な統合は困難を極め、人事制度やシステムを巡る混乱から優秀な人材が大量に流出します。その後、長期間にわたって赤字が続き、大規模なリストラを余儀なくされました。

異なる文化を持つ巨大組織同士の統合(PMI)がいかに困難であるかを象徴する事例です。

(情報参照元:野村ホールディングス株式会社「野村ホールディングス|沿革」)

JT × ギャラハー:のれんの減損と期待された成長の鈍化

2007年、JTは海外たばこ事業を拡大するため、英国のギャラハーを約2.2兆円という巨額で買収しました。

これにより事業規模は大きく拡大しましたが、世界的な喫煙規制の強化や健康志向の高まりを受け、たばこ市場は想定よりも早く縮小する結果となります。

JTは高値掴みを指摘され、多額ののれんを抱えることになり、2021年には減損損失を計上しました。

長期的に衰退が見込まれる市場でのM&Aでは、慎重な将来予測と価格算定が必要であることが示された一例です。

(情報参照元:日本たばこ産業株式会社「Gallaher社の買収について」)

みずほ銀行:旧3行の合併に伴うシステム統合トラブルの長期化

2002年、第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行という3つの巨大銀行が合併して誕生したみずほ銀行ですが、この合併は対等合併であるがゆえに、主導権争いや出身行ごとの派閥意識が根強く残りました。

特に、それぞれが持つ巨大で複雑な勘定系システムの統合は極めて難航することとなり、合併後、現在に至るまで大規模なシステム障害を繰り返し、社会的な信頼を大きく損ないました。

同業種・同規模の合併におけるPMI、特にシステムと企業文化の統合がいかに難しいかを示す、最も有名な事例の一つです。

(情報参照元:株式会社みずほフィナンシャルグループ「〈みずほ〉の成り立ちと変革への取り組み」)

【中小企業編】M&Aの失敗事例3選

大企業のような大規模な損失がニュースになることは少ないですが、水面下では多くの中小企業がM&Aの失敗を経験しています。

ここでは、特定の企業の話ではありませんが、事業承継などを目的としたM&Aにおける典型的な3つの失敗パターンとその教訓について解説します。

後継者不在の焦りが招いた不利な契約

中小企業のM&Aにおいて、後継者が見つからないことを理由に検討を始めるケースは非常に多く見られます。

しかし、経営者の高齢化などを背景に「早く会社を譲渡したい」という焦りが生じると、交渉において不利な立場に陥りやすくなるため注意が必要です。

買い手側は、売り手のこうした焦りを見抜き、本来の企業価値より低い譲渡価格を提示したり、経営者個人の連帯保証解除に難色を示したりと、厳しい条件を突きつけてくることがあります。

このとき、売り手側が「この機会を逃したら次はないかもしれない」という不安から不利な条件を飲んでしまうと、M&Aは成立しても、創業者利益が十分に得られないという結果になりかねません。

M&Aの交渉において、売り手の焦りは交渉力を著しく低下させます。

納得のいく結果を得るためには、時間的な余裕を持って早めに準備を始め、複数の選択肢を冷静に比較検討することが不可欠です。

従業員への説明不足による組織崩壊

M&A交渉では厳格な秘密保持が求められますが、これを優先するあまり、従業員への配慮が欠けてしまう失敗も頻繁に起こります。

特に、経営者が最終契約の締結まで従業員に一切の情報を開示せず、事後報告するケースは、深刻な組織の混乱を招くリスクをはらんでいます。

従業員にとっては、M&Aは自身の雇用や待遇を左右する重大な要素です。突然の報告は経営陣への強い不信感につながり、買収後のPMI(統合プロセス)を進める上で大きな障壁となります。

結果として、事業の核となる優秀な人材が離職し、技術やノウハウが流出するリスクもあります。組織全体のモチベーションが低下し、最悪の場合、買収した事業の価値そのものが失われてしまいます。

従業員は会社の最も重要な資産です。適切なタイミングと誠実な方法で説明を行い、従業員の不安に寄り添うことが、M&A成功の絶対条件と言えるでしょう。

情報管理の甘さが原因の交渉破談

M&A交渉が最終段階に近づくと、気の緩みから情報管理が甘くなることがあります。

しかし、公式発表前の情報漏洩は、順調に進んでいたはずのM&A交渉そのものを白紙に戻しかねない、非常に危険な行為です。

例えば、経営者が内密のつもりで主要な取引先などにM&Aの事実を漏らした場合、その情報が外部に広まることで「経営が不安定なのではないか」という憶測を呼び、取引関係に悪影響を及ぼす可能性があります。

買い手企業は、こうした状況を売り手企業の情報管理体制の欠陥、あるいは事業基盤の揺らぎと判断し、リスクを懸念して交渉から撤退することも十分に考えられます。

M&Aに関する情報は、公式に発表されるまでトップシークレットであるという原則を徹底することが重要です。情報管理の甘さが、会社の信用を失墜させ、交渉破談につながることを肝に銘じておきましょう。

M&Aが失敗に終わる5つの主な要因

これまで見てきた数々の事例には、共通する失敗の根本原因が存在します。

この章では、それらの原因を5つの主要因に集約し、なぜそれが失敗につながるのかを深く掘り下げて解説します。

事業戦略・目的の不明確さ

M&Aにおける失敗の根源をたどると、その多くが目的を曖昧なまま進めてしまうケースが多くあります。

「同業他社が買収で成功したから」「たまたま良い売り案件が出たから」といった安易な動機でM&Aに踏み切ると、交渉の軸が定まりません。

買い手は、M&Aを成立させること自体が目的となってしまい、高値掴みをしたり、自社の戦略に合わない企業を買収することにつながります。

一方で売り手も、何を達成したいのか不明確だと、数ある選択肢の中から最適な相手を選ぶことができません。

全ての判断基準となる目的が曖昧であることは、失敗を招く大きな要因と言えるでしょう。

デューデリジェンス(DD)の甘さと見落とし

デューデリジェンスとは、買収対象企業の価値やリスクを詳細に調査する「企業の健康診断」のようなものです。

このプロセスを軽視したり、コストを惜しんで簡略化したりすると、後で致命的な問題が発覚する可能性があります。

失敗事例で見たような簿外債務や訴訟リスクといった財務や法務面だけでなく、ビジネスモデルそのものに潜むリスク、キーパーソンへの過度な依存といった人事・労務上のリスク、将来的に足かせとなる古いITシステムなど、調査すべき項目は多岐にわたります。

このDDの段階で潜在的なリスクを洗い出しきれないと、M&Aの前提そのものが崩れ、買収後に想定外の損失やトラブルに見舞われることになるでしょう。

不適切な企業価値評価(バリュエーション)

M&Aは、企業の価値を金銭で取引する行為です。

その価格設定、すなわち企業価値評価(バリュエーション)は、M&Aの成否を左右する重要な要素です。

買い手側の「何としても買いたい」という熱意や、売り手側の「できるだけ高く売りたい」という希望的観測が先行し、客観的な根拠に基づかない高値掴みをしてしまうと、投資の回収は極めて困難になります。

この不適切な価格設定が、後ののれんの減損につながる可能性もあるため注意が必要です。

PMI(統合プロセス)の準備不足

M&Aは、最終契約書に調印したら終わりではありません。むしろ、そこからが本当のスタートです。

PMI(Post Merger Integration)とは、M&A成立後に行われる経営統合作業のことで、組織、業務プロセス、ITシステム、企業文化などを一つに融合させていくプロセスを指します。

このPMIの計画が不十分だと、現場は混乱し、従業員の士気は低下、期待したシナジーは一向に生まれません。多くの失敗事例が、このPMIの準備不足に起因しています。

経営層と現場のコミュニケーション不足

M&Aは、会社の未来を左右する重大なプロジェクトであるため、情報漏洩を防ぐために経営トップ層だけで極秘に進められるのが一般的です。

しかし、その状態が長く続き、現場の従業員との間にコミュニケーションの断絶が生まれると、深刻な問題を引き起こします。

従業員は「自分たちの会社や雇用はどうなるのか」という大きな不安を抱えています。その不安に対して、経営層が適切なタイミングで誠実な説明を行わないと、従業員の間に不信感が募り、モチベーションは著しく低下します。

たとえM&Aが成立しても、従業員の協力が得られなければ、スムーズな統合は望めません。情報管理とコミュニケーションのバランスをいかに取るかは、経営者の腕の見せ所と言えるでしょう。

M&Aの失敗を回避し、成功に導くための6つの対策

M&Aの失敗には明確な原因が存在します。その原因を一つひとつ丁寧に取り除いていくことで、失敗のリスクを大幅に減らし、成功の確率を高めることが可能です。

ここでは、M&Aを成功させるために不可欠な6つの実践的な対策について解説します。

対策①:PMI戦略をM&Aの初期段階から設計・準備する

多くの企業が陥る過ちは、M&Aの契約締結後に初めてPMIを考え始めることです。
PMIはM&Aの最終段階ではなく、戦略策定の初期段階から並行して進めるべき最重要課題です。

  • 100日プランの策定: M&A成立後100日間で達成すべき具体的な目標とアクションプランを、契約前から策定します。
  • PMI専門チームの組成: 買い手と売り手の双方からメンバーを選出し、統合を専門に推進するチームを立ち上げます。
  • 優先順位の決定: システム統合・人事制度・業務プロセスなど、数ある統合タスクの中から、シナジー創出に最もインパクトのあるものを優先して着手します。

対策②:M&Aの目的と成功の定義(KGI/KPI)を明確にする

なぜM&Aを行うのか、明確かつ具体的に答えられなければなりません。
曖昧な目的は、判断の迷いや戦略のブレにつながります。

目的の例 成功の定義(KPI/KGI)の例
販路拡大 ・新規顧客獲得数:3年で〇%増

・クロスセルによる売上:年間〇億円

技術獲得 ・新製品開発期間:〇ヶ月短縮

・特許取得件数:〇件

コスト削減 ・共同購買によるコスト削減額:年間〇億円

・バックオフィス部門の統合による人件費削減率:〇%

このように、目的を具体的な数値目標に落とし込むことで、M&Aの進捗と成果を客観的に評価できるようになります。

対策③:デューデリジェンスを徹底し、潜在的リスクを全て洗い出す

デューデリジェンス(DD)は、M&Aにおける最大のリスク回避策です。
コストを惜しまず、各分野の専門家を起用して徹底的に行う必要があります。

  • 財務DD: 過去の財務諸表の精査はもちろん、将来の収益計画の妥当性や簿外債務の有無を徹底的に調査します。
  • 法務DD: 契約書、許認可、訴訟、知的財産権など、法的なリスクを洗い出します。チェンジオブコントロール条項(COC)の確認は必須です。
  • ビジネスDD: 事業の強み・弱み、市場環境、競合との力関係、サプライチェーンなどを分析し、事業の将来性を評価します。
  • 人事・組織DD: キーパーソンの特定、労務問題の有無、組織文化の違いなどを調査し、人材流出や組織の衝突リスクを評価します。

対策④:客観的な根拠に基づき、適正な買収価格を算定する

高値掴みを避けるためには、客観的かつ論理的な根拠に基づいた企業価値評価(バリュエーション)が欠かせません。

DCF法や類似会社比較法など、複数の評価アプローチを組み合わせて、多角的に企業価値を分析することが重要です。

特に、シナジー効果を買収価格に織り込む際には注意が必要です。こうなったらいいなという楽観的なシナリオだけでなく、保守的なシナリオや悲観的なシナリオも複数想定し、リスクを十分に考慮した上で価格を判断しなければなりません。

感情論ではなく、あくまで冷静なデータと分析に基づき、自社が支払える上限額を厳格に設定しておくことが、失敗しない価格交渉の鉄則です。

対策⑤:経営層と現場をつなぐコミュニケーション体制を構築する

M&Aの成功は、従業員の理解と協力なくしてあり得ません。
経営層は、M&Aの全プロセスを通じて、透明性の高いコミュニケーションを心がける必要があります。

  • 情報開示のタイミングと内容: 誰に、いつ、何を伝えるか、というコミュニケーションプランを事前に策定します。
  • タウンホールミーティングの実施: 経営層が直接、全従業員に対してM&Aの目的やビジョンを語り、質疑応答の時間も設けます。
  • キーパーソンとの個別面談: 事業の鍵を握る人材とは個別に面談し、不安を解消するとともに、M&A後の活躍を期待している旨を伝えます。

対策⑥:信頼できる専門家(FA・弁護士・会計士など)を積極的に活用する

ここまで挙げた5つの対策を、M&Aの経験が少ない企業が自社だけですべて完璧に実行するのは、現実的に非常に困難です。

M&Aは、財務・法務・税務・人事など、極めて高度で専門的な知識が要求されるプロジェクトです。そのため、経験豊富で信頼できる外部の専門家を積極的に活用することが、成功への近道となります。

M&A戦略の策定から交渉までをサポートするFA(フィナンシャル・アドバイザー)やM&A仲介会社、法務リスクを精査する弁護士、財務・税務面を調査する公認会計士や税理士など、各分野のプロフェッショナルの力を借りるべきです。

最も重要なのは、単に有名なだけでなく、自社のビジョンや価値観を深く理解し、真のパートナーとして伴走してくれる専門家を選ぶことです。

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失敗事例から学び、M&Aを成功させよう

数々の失敗事例が示すように、M&Aは大きな可能性を秘めていると同時に、多くの落とし穴が存在する複雑なプロセスです。

M&Aの成功率3割という厳しい現実の裏には、目的の曖昧さ・デューデリジェンスの甘さ・PMIの準備不足といった共通の原因が必ず存在します。

これらの失敗は決して他人事ではなく、その一つひとつが、私たちがM&Aを進める上での貴重な教訓です。

周到な準備と戦略的な実行、そして信頼できるパートナーとの連携を通じて、ぜひ貴社のM&Aを成功へと導いてください。

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澤口 良太
監修者

社外取締役(財務)・公認会計士・税理士 澤口 良太

北海道札幌市出身。2003年の学校卒業後、税理士事務所で勤務しながら税理士・公認会計士の資格を取得。KPMGあずさ監査法人を経て、TOMAコンサルタンツや辻・本郷ビジネスコンサルティングでファイナンシャルアドバイザリーサービス(FAS)の責任者を歴任。2020年、独立。澤口公認会計士事務所にて経営やM&Aアドバイザリーを展開している。上場・非上場を問わず企業のオーガニックソースやM&Aによる成長戦略、再生戦略の立案実行をハンズオンにて支援し、多数の実績を有する。2022年のM&Aフォース設立当初から、社外取締役として参画している。

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